蛍東洋医学論文誌 JHTOM

Vol. 1, No. 2, 2014PDF  0.4M
認知症疾患に及ぼす鍼治療の緩和効果
Acupuncture Relieves Dementing Disorder

大塚 信之 所属住所
Nobuyuki Otsuka AffiliationAddress

あらまし

認知症患者は当初の推定値の1.5倍程度の速度で増加している.認知症の課題は、発症すると要介護状態となることがあげられる. 認知症の症状や介護時の注意事項を説明した後、小児鍼を導入した場合の認知症患者に与える効果について説明した. 小児鍼を導入した結果、周辺症状の緩和に効果があり、特に介護関係者に良い影響を与えることが示された. また、毫鍼や電気鍼を用いた認知症患者の中枢神経疾患に対するアプローチについても紹介した. 中枢神経疾患に対する鍼治療の効果は、明確なエビデンスはないものの、鍼刺激や鍼治療が脳機能に影響を及ぼすことは確実であり、脳機能をつかさどる大脳皮質や海馬の血流量が増加することは、今後、中枢神経疾患に直接アプローチする認知症治療法の可能性を拓くものと考えられる. 小児鍼を含めた鍼灸治療には、認知症患者が精神的に安定し、問題行動を抑える効果が期待される.

キーワード 認知症, アルツハイマー型, 小児鍼, 通電刺激療法, 東洋医学, 鍼灸治療

1.はじめに

認知症の患者数は、厚生労働科学研究費補助金研究分担報告書(2008年)によると、2005年に200万人程度であったが、2015年には300万人となり、今後はさらに増加して、2035年には450万人程度になると予想されていた.一方で、最新の厚生労働省の調査(2014年度)では、認知症の患者数は報告書の推定数よりさらに増加しており、65歳以上の高齢者のうち、認知症の人の割合は推計15%にのぼり、2012年時点で462万人となっている.これは、2008年時点の報告書の予想患者数を大幅に上回るとともに2035年に予測されていた患者数である450万人に到達している.さらに、2015年に公表された認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)では、認知症の患者数2025年には700万人を超えるとの推計値を発表した.65歳以上の高齢者のうち、20%が認知症に罹患する計算となり、約10年間で1.5倍に増える見通しとなる.一方で、認知症になる可能性のある軽度認知障害の高齢者が400万人いると推計されており、この予備軍を含めると、65歳以上で25%の人が認知症とその予備軍となる.
厚生労働省はこの結果を踏まえて、認知症対策のために、「認知症施策推進5か年計画」(オレンジプラン)を改め、新たに認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)を策定して認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて検討を進める.この認知症患者数の推定値は、九州大学大学院医学研究院環境医学分野が実施している久山町研究より得られたデータをもとに算出されている.久山町研究では糖尿病患者においてアルツハイマー型認知症のリスクが約2倍に上昇するという調査結果も報告されているため、認知症患者だけでなく、糖尿病患者に対するケアも同時に実施される可能性が高く、今後は糖尿病へのアプローチも視野に治療方法の検討を進める必要がある.

2.認知症の社会課題

認知症の課題として、発症すると要介護状態になることがあげられる.内閣府の平成26年版高齢社会白書では、65~74歳で要支援認定者は1.4%、要介護認定者が3%であるのに対して、75歳以上では要支援認定者は8.4%、要介護認定者は23%となっており、75歳以上になると要介護認定者の割合が大きく上昇する.要介護者等について、介護が必要になった主な原因についてみると、全体では「脳血管疾患」が22%と最も多く、次いで、「認知症」15%、「高齢による衰弱」14%、「関節疾患」11%となる.男性では「脳血管疾患」が33%で第1位と「認知症」は11%が第2位であり、女性では「認知症」は18%が第1位となっており、要介護の原因として認知症が大きな比重を示していることが理解できる.

3. 認知症の病状と介護

3.1 認知症の症状
認知症は、中枢神経系の高次機能が何らかの原因で慢性的に障害された結果、次の複数の認知機能の障害が認められた場合である.
①記憶障害(新規情報の記憶能力の障害、獲得情報の想起能力の障害)
②認知機能障害(失語、失行、失認、高次機能障害の一つ以上)
③知的能力の低下(傷害認知機能の障害により社会生活あるいは職業が困難になる程度)
認知症は、脳の病気であり、体験の全体を忘れたり、症状が進行し、忘れたこと自体の自覚がないなど、歳をとることによる物忘れとは異なる. 認知症は、3つのタイプに分類される.
①アルツハイマー病およびアルツハイマー型老年認知症(痴呆)は、成因不明で、部検脳でびまん性の脳萎縮、大脳皮質に多数の老人斑、アルツハイマー神経原繊維変化を認める.
②脳血管型認知症(多発脳梗塞型認知症、痴呆)は、高齢者でラクナ梗塞を多発することにより二次的に発症する.通常、高血圧症の既往者に発症し、脳血管障害の35%が認知症を発症する.広範な白質の病変や脳梁、海馬、視床を障害する病変があると認知症が起こる.
③一般身体疾患に伴う認知症では、ビタミン欠乏症、尿毒症、肝不全、慢性アルコール症、甲状腺機能低下症、副甲状腺機能異常、髄膜炎や脳炎などの感染症、などに認知症を伴う.
原因疾患の比率は、田熊らの報告によると、アルツハイマー型がもっと多く65%を占め、ついで脳血管型が15%となる.アルツハイマー型老年認知症の特徴は、海馬が萎縮することによる.いずれのタイプの認知症も、予防や治療が可能となっており、アルツハイマー型老年認知症は、軽度の場合塩酸ドネペジルが約半数の症例で有効である.脳血管型認知症は、生活改善や薬物による予防が可能となる.
認知症は、3つの段階を追って進行する.第1期では、物忘れが多くなる.第2期では、場所や時間がわからなくなる.第3期では、家族の名前や顔がわからなくなる.認知症のシグナルは、数多く報告されており、1日や1週間の計画が自発的に立てられなくなったとか、生きがいを感じなくなったとか、通常の生活で見過ごされるようなシグナルの場合も多い.
認知症の症状は、中核症状としては、記憶障害や見当識障害などがあるが、周辺症状は、知的能力の低下によって起こる精神症状や問題行動で、暴力、興奮、徘徊、妄想などがあり、人によって現れる場合と現れない場合がある.周辺症状のほとんどは記憶障害などによる混乱が原因で現れている.吉村らによると、鍼灸ではこの周辺症状の改善に大きな効果があるといわれており、鍼灸治療に基づいた記憶障害などによる混乱の緩和が期待される.

3.2 認知症患者の介護
認知症高齢者の介護の基本は、尊厳の保持にある.そこで、認知症高齢者の特性を良く把握するとともに、生活そのものを介護として組み立てる必要がある.特に、高齢者のペースでゆっくりと安心感を大切にするとともに、心身の力を最大限に引き出して充実感のある暮らしを構築する必要がある.認知症患者と接する場合は、事実の誤りに対しては、否定せず話題を変えて関心をずらすことが重要となる.また、失敗行動に対しては、叱ったり説得せず、失敗しないような状況を作り出すことが重要となる.
高齢者への安心感と心身の充実感の提供は、鍼灸の得意とする分野である.鍼灸治療においては、否定や説得を避けるなど、認知症患者との接し方に配慮することも重要となる.

4.認知症への鍼灸の適用

4.1 認知症患者への小児鍼の適用
認知症患者への小児鍼への適用が吉村らにより報告された.認知症患者に対する小児鍼治療の有効性は次のように説明されている.
①認知症と小児の疳虫との発生機構が似ている.いずれの場合も、家族に理解されず意思疎通がうまくできないことによるストレスや、家族としても解っていても許すことができず虐待につながる点などが類似点として指摘されている.
②小児鍼は皮膚に刺入しないために、鍼は痛い、灸は熱いという不安を解消できる.
③小児鍼による自律神経への働きかけを通じて、不安やストレスを和らげることで症状を緩和できる.
④施術中の効果は大きくないが、顕著な直後効果があり、かつ継続性があるため、効果に再現性が高い.
認知症患者に対して小児鍼を用いるメリットは以下の点があげられている.
①鍼など体に異物を挿入しないので、安心かつ安全であり、不意の動作にも対応ができる
②痛くないため、恐怖心を抱くことがなく、誰でも受け入れやすい
③ディスポーザブルな小児鍼の使用により、施術が簡便である
施術部位は、腕の掌側・背側各経絡に沿った範囲となる.施術方法は、10回程度のローラ鍼や、複数部位へのローラ鍼、散鍼、鍉鍼などがある.
治療後の認知症患者の特徴を示す.
①受認知症患者の表情が和やかになる
②介護者の言うことを拒否されたいた認知症患者も素直になる
③他の方と会話が増え、和やかな雰囲気になり、動作も速くなる
④肩のコリ、軽い腰痛、目のかすみ、頭が重いなどといった不定愁訴が解消される
上記治療後の特徴が示すように、小児鍼による治療が周辺症状に効果があることから、認知症ケアマネジメントに極めて良い影響を与えており、初めて受診された認知症患者および関係者が満足し、治療が継続されている.
以上の結果から、小児鍼による認知症患者の治療は、認知症患者の周辺症状の緩和が可能であり、大きな効果があると考えられる.

4.2 認知症患者への鍼治療の適用
中枢神経疾患、パーキンソン病患者の治療や高齢者の認知機能の改善に、鍼灸治療を実施した内容が、矢野らにより報告がされている.その中で、對木らは、中枢神経疾患の代表であある脳血管障害後の片麻痺へ鍼灸治療を用いて、片手症候群として片手症候群(RSD:Reflex Sympathetic Dystrophy)への鍼治療の有用性を示した.澤田らは、運動療法に経皮的経穴通電刺激療法(TEAS:Transcuteneous Electrical Acupunc-ture point Stimulation) を併用して、認知症に対する鍼治療の効果を検討した.TEASで用いた経穴は、両側の合谷-手三里で、1Hz、15分間実施された.長谷川式簡易知的能力評価スケール(HDS-R:Hasegawa's Dementia Scale for Revised)を用いて、認知機能への効果を検討した結果、軽度認知症の可能性がある11-15点群において、認知機能の改善が認められた.一方、認知症の可能性が高い群(10点以下)ではほとんど変化が認められたかった.今西らは、軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)およびその疑いのあると診断された患者を対象に、生活指導とともに鍼治療(TEAS)を行ったところ、認知機能検査(MMSE:Mini-Mental State Examination)の指標で改善が優位に認められた.
認知症では、大脳辺縁系に位置する海馬の神経細胞の萎縮が指摘されている.ラットによる基礎的研究では、鍼刺激で大脳皮質や海馬などの脳血流量が増加することや、虚血性神経細胞壊死を抑制することが、内田らにより報告されている.また、森らは、中枢神経である海馬の代謝が頸部への鍼通電刺激で亢進すると報告している.現在は、中枢神経疾患に対する鍼治療の効果については、明確なエビデンスはないものの、鍼刺激や鍼治療が脳機能に影響を及ぼすことは確実であり、脳機能をつかさどる大脳皮質や海馬の血流量が増加することは、今後、中枢神経疾患に直接アプローチする認知症治療法の可能性を拓くものと考えられる.

5.考察

小児鍼を導入した結果、記憶の喪失という中核症状については難しいが、介護する側として一番問題となっている周辺症状に効果があり、特に認知症ケアマネジメントに強く影響を与えるというメリットは大きいと考えられる.認知症患者が精神的に安定し、問題行動が抑えられるという効果の検証が進むと考えられる. 今後、要介護者における認知症患者の比率が大きくなることは明らかであり、認知症の緩和が可能となれば、鍼灸治療に大きな市場が生まれることになる.健忘と認知症とは異なるものととらえると、黄帝内経が確立された時代では、平均寿命が短く認知症を発祥することが少なかったために、古典に具体的治療方法が明示されていないように思われる、今後、治療法の開発が重要となる.
鍼灸が中枢神経疾患やうつ病に効果があるという報告がなされるなか、脳の疾患である認知症への鍼灸の適応可能検討も進められつつある.認知症のメカニズムの解明が進んでおり、治療薬の開発も進められていることから、中枢神経などにおいて伝達物質を含めたメカニズムが解明されれば、認知症患者に対する鍼灸治療の効果がより明確になると思われる.基礎研究を含め、鍼灸と認知症の関係性の明確化と治療方法の確立が待たれる.
小児鍼の場合は、中核症状ではあまり効果が期待されない一方で、周辺症状に効果があることは、介護関係者にとって朗報となる.小児鍼の認知症周辺症状への効果が示唆されたことは、大きな社会的意義があると思われる.
一方で、鍼灸による認知症治療において考慮したい点を示す.
日本人全体としてみた場合、人口は減少傾向にある.高齢者比率の増加に伴い認知症の患者も増えているが、今後日本人の人口減少を考慮すると、いずれ高齢者人口も減少に転ずる.現在は、多くの潜在患者を期待できるが、若い施術者は、認知症市場が永続的に拡大し続けると捉えないようがよいと思われる.
認知症高齢者が鍼灸の治療を望むよりも、介護者がより強く望んでいる可能性がある.介護関係者が、認知症患者のケアのために費用をどの程度負担するかを明らかにしたうえで、適正な費用を設定しなければ、認知症治療の永続的発展は難しいと思われる.
小児鍼の場合は施術者でなくても実施可能な点である.鍼灸治療によらずとも、介護者が介護中の患者に施術することが可能である.鍼灸治療として永続的に発展させるには、鍼灸施術者にしかできない治療方法との組み合わせを検討したい.
一方で、認知症予備軍の高齢者に対して、認知症予防に効果があることが明らかになれば、上記内容に関して一定の解決方法が提示できると思われる.エビデンスに基づいた知見の構築が待たれる.

6.むすび

認知症患者は厚生労働省の当初の推定値の1.5倍程度の速度で増加しており、認知症対策の戦略見直しがスタートした状況にある.認知症の課題は、発症すると要介護状態となることがあげられ、要介護認定者における認知症患者の比率は2位と高い.
認知症の症状やケア時の注意事項を説明した後、小児鍼を導入した場合の認知症患者に与える効果について説明した.小児鍼を導入した結果、記憶の喪失という中核症状については難しいが、介護を実施するうえで一番問題となる周辺症状の緩和に効果があり、特に介護関係者に良い影響を与えることが示された.
また、毫鍼や電気鍼を用いた認知症患者の中枢神経疾患に対するアプローチについても紹介した.中枢神経疾患に対する鍼治療の効果については、明確なエビデンスはないものの、鍼刺激や鍼治療が脳機能に影響を及ぼすことは確実であり、脳機能をつかさどる大脳皮質や海馬の血流量が増加することは、今後、中枢神経疾患に直接アプローチする認知症治療法の可能性を拓くものと考えられる.
小児鍼を含めた鍼灸治療により、認知症患者が精神的に安定し、問題行動を抑える効果がある.今後は、認知症予備軍の高齢者に対する認知症予防効果に関する研究も期待される.

文献

[1] 奈良信雄,東洋療法学校協会編教科書 臨床医学各論第2版
[2] 田熊 一敞, “認知症治療の最前線”, 平成20年度 大阪大学薬学部卒後研修会.
[3] 吉村 春夫, “小児鍼を用いた認知症治療の実際”, 明友会 平成26年度研修会, 平成26年9月28日.
[4] 矢野 忠他, “ここまでわかった鍼灸医学‐基礎と臨床との交流 - 第7講 鍼は脳機能に様々な影響を及ぼす”, 全日本鍼灸学会資料, 全日本鍼灸学会.
[5] 對木真理他, “片麻痺に合併した肩手症候群に対する鍼治療の効果”, 日本温気物医学雑誌, vol. 65, no. 3, 2002, pp.128-136.
[6] 澤田 規他, “高齢者の知的機能および日常生活動作に及ぼす TEASD の効果について”, 全日本鍼灸学会雑誌, vol. 51, no. 1, 2001, pp. 69-80.
[7] 今西二郎他, “鍼治療を含めた統合医療による認知症の予防および疲労回復に関する研究”,報告書, 2009, 平成 21 年度京都府予防医学研究センター・綾部.
[8] 内田さえ “ここまで分かった鍼灸医学‐基礎と臨床との交流、脳機能および中枢神経疾患に対する鍼灸の効果と現状“, 全日本鍼灸学会, vol. 54, no. 1, 2004, pp. 27-51.
[9] 森 勇樹 “Manganese-Enhanced MRI(MEMRI)によるラット海馬活動性の可視化‐虚血性神経障害と鍼通電による代謝活性化の検出”, 明治鍼灸医学, vol. 35, 2004, pp. 21-31.

(平成26年9月30日受付)

photo 大塚 信之
1985年 東北大学卒業
1987年 東北大学院博士前期課程終了
1997年 博士(東北大学)
1999年 蛍東洋医学研究所設立
2014年 明治東洋医学院専門学校在籍
漢方、鍼灸、気功など、東洋医学に関する研究に従事


所属 Affiliation
 蛍東洋医学研究所, 大塚鍼灸院
 Hotal Ancient Medicine Research Institute (HARI), Otsuka Clinic

住所 Address
 〒560-0033 大阪府豊中市螢池中町3丁目8-14
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