蛍東洋医学論文誌 JHTOM

Vol. 8, No. 1, 2021PDF  0.5M
耳鳴への鍼灸の適用
Acupuncture and Moxibustion Therapy for Tinnitus

大塚 信之 所属住所
Nobuyuki Otsuka AffiliationAddress

あらまし

耳鳴は、自覚的であり、原因不明とされることが多い. 原因疾患が多岐にわたり、根本的な治療は難しく、抗不安薬などが処方されたり、心理療法が行われたりする場合がある. 東洋医学では、肝胆の熱と腎精不足に大別されるが、痰湿や脾胃虚弱による耳鳴もある. 耳鳴の鍼灸治療では、押圧により耳鳴が改善する耳鳴反応点だけでなく、弁証論治、循経取穴、増悪因子や随伴症状に対する複合的な治療が行われる. 耳鳴反応点では、置鍼だけでなく、円皮鍼や非侵襲的鍼用器具の微弱な鍼刺激でも耳鳴が軽減する. 耳鳴反応点は、頭頸部だけでなく、上肢や下肢にも存在するため、注意深く探索する必要がある. 耳鳴軽減の機構は、聴覚と全身との関係性の影響を受け、全身への鍼灸治療が耳鳴の低減に影響を与えるため、鍼灸治療による自律神経調整作用やリラクゼーションの作用も重要となる. 耳鳴が消えてなくなることはないため、鍼灸治療治療の最終目標は、耳鳴が気にならなくなることにある. 耳鳴の長期的な低減は、耳鳴の低減の体験によって、絶望感というストレスから解放されて耳鳴が抑制されると考えられるため、僅かでも耳鳴が低減すれば正帰還がかかり、長期的な耳鳴低減に結びつく. 耳鳴を疾患としてなくすることに注力するのではなく、体調を把握するための貴重な体調センサとして、耳鳴を許容し、活用することで、負の感情がなくなって耳鳴が気にならなくなる. 耳鳴を前向きにとらえる患者教育が重要となる.

キーワード 耳鳴, 体調センサ, 気にならない, 耳鳴反応点, 押圧, 置鍼, 円皮鍼, 東洋医学, 鍼灸治療

1.はじめに

2013年度の国民生活基礎調査によると、耳鳴を有する者は人口千人当たり男性26名、女性34名であり、2010年度の調査よりも増加している.耳鳴は、加齢に伴って飛躍的に増加し、高齢者の耳鳴の有訴者率は千人当たり男67名、女性66名となって非常に多くの国民が耳鳴を訴えている.
耳鳴は、自覚的であり、原因不明とされることが多い.身体内部以外に明らかな音源がない状態で感じる音の感覚を言う.聞こえる音の内容に言葉や音楽などの意味がある幻聴とは明確に区別される意味のない音の感覚である[1].原因は不明なことが多いが、筋肉の収縮や血管雑音が耳鳴として聞こえることがある[2].難聴の前後に発生し、副症状として耳鳴を生ずることもある.難聴の50%が耳鳴を訴え、耳鳴の90%が難聴を訴える.耳鳴は、伝音性難聴の25%に対して、感音性難聴の60%となる.
耳鳴が発生する機構は、難聴などにより電気信号が脳に届きにくくなり、脳が電気信号の不足を感知すると、脳が不足部分を補おうとして活性を高め、電気信号を増幅すると耳鳴が発生する[3].人間の精神状態が自律神経に影響するモデルも提唱されており、ストレスにより大脳の機能が低下して脳の細胞組織を破壊する悪循環となる.その結果、蝸牛に影響があると耳鳴となる.耳鳴の大きさや頻度のみを基準として治療していても良くならない.耳鳴に難聴が伴い、セットとなっているので、全身から考えて精神面から治す必要があると言われている.

2.現代医学からみた耳鳴

2.1 耳鳴の分類
自覚的耳鳴と他覚的耳鳴がある.自覚的耳鳴は患者にしか聞こえないもので、他覚的耳鳴は他者でも音が聞こえるものである.
自覚的耳鳴は、耳鳴の大部分を占めており、原因を明らかにできない場合が多いが、内耳や蝸牛神経などに病変があると考えられている.音の高い耳鳴は内耳や中枢疾患などによる感音性障害が疑われ、音の低い耳鳴は中耳疾患などの伝音性障害が疑われる[4].
他覚的耳鳴は、身体内部に音源がある場合で、患者の耳元で耳鳴音を聞くことができることもある.原因には、軟口蓋筋、耳管周囲筋、中耳筋などの筋肉の収縮する音が聞こえたり、中耳や中耳付近の血管における血流音が聞こえたりする.そのほか、上咽頭の雑音や、顎関節の雑音を耳鳴として訴えることがある.
症状は、キーン、ジー、ザーザーから航空機の爆音に似たゴーゴーというすごい音まである.検査は、耳鳴は難聴に伴うことが多いため、聴力検査などの耳科的検査も行う.
原因疾患としては、発作的な急なめまいと共に耳が聞こえなくなり、耳鳴がする場合はメニエール症候群となる.耳漏があれば中耳炎を疑う.むち打ち損傷の場合は、事故の直後から1年経ったころでも耳鳴がすることがある.頚肩腕症候群では、頸の運動によって頭や首、肩、腕などに痛みや痺れを起こし、耳鳴を伴うことがある.老人で最も多いのは、脳動脈硬化症や高血圧症によるものとなる.貧血や糖尿病でも耳鳴を訴える.まれに、脳腫瘍、髄膜炎性の耳鳴もあるが、耳鳴が主訴にはならない.
耳鳴の根本的な治療は難しく、抗不安薬、循環改善薬、代謝賦活薬などが処方されたり、心理的要因が強い場合には心理療法を行う.

2.2 耳鳴発生の機構
耳性耳鳴と体性耳鳴がある.
耳性耳鳴は、内耳または蝸牛神経の障害が耳鳴と関連する場合で、耳や神経の障害が耳鳴と関連する幾つかの経路がある.
体性耳鳴は、体性感覚系と聴覚系における中枢神経系での相互作用により、体性感覚系が聴覚系に影響することで生じる非耳性耳鳴となる[5,6].
耳鳴の30%以上は、体性感覚に修飾されるため、顔面部、頭部、頸部の動きが耳鳴を生ずる.体性耳鳴は蝸牛神経核を経由するため、体性感覚の刺激がC2から入ると、間接的に蝸牛神経核に影響するという仮説が提唱されている.体性感覚系と聴覚系における中枢神経系での相互作用によって生じる耳鳴に対して、脳における体性神経核から蝸牛神経核への修飾などを介して、耳鳴に抑制的影響を与えていると思われる.
体性感覚神経核の異常感覚が蝸牛神経核に投射しておこる交叉性オリーブ蝸牛束の制御変調が、蝸牛外有毛細胞の異常興奮をひきおこし、内有毛細胞が異常興奮して耳鳴が発生すると推測されているが、動物での実験に過ぎない[7].蝸牛神経核仮説では、頭や耳からのC2領域の刺激や顔面神経や迷走神経刺激が蝸牛神経に抑制を与えるが、実際にこれらの神経刺激により耳鳴が抑制されている.50歳男性の体性耳鳴の症例では、高音の右耳鳴において頭の位置が耳鳴を修飾しており、下顎骨の中央を内側に圧迫すると90%近く耳鳴りが軽減した.34歳男性の高音の耳鳴の症例では、左乳様突起上の圧迫で耳鳴が消失した.
現代医学の治療では、蝸牛神経の外科手術を紹介している.蝸牛神経の抑制には電気刺激が有効で、鍼も延髄の体性神経核への経路を活性化することによって耳鳴を抑制できる可能性がある.
自覚的耳鳴では、情動や自律神経の影響を受けるため、体性感覚刺激の影響も重要となる[8].

3. 東洋医学からみた耳鳴

3.1 中医学における分類
主に肝胆と腎に弁別される.突発性で、海のさざ波のような音であれば、肝胆の熱であることが多く、胸脇部の灼痛や口苦、頭痛を伴いやすい[9].肝胆の熱が原因であれば、イライラや精神的なストレスによって変化しやすい.蝉の鳴き声のような耳鳴を訴える場合、腎精の耳鳴を示すことが多く、めまいや腰部のだるさを伴いやすい.肝胆の耳鳴りと腎の耳鳴りを鑑別する簡単な方法は、耳を手で塞いだ時に音が大きくなれば肝胆、音が小さくなれば腎の耳鳴りとされる.経験的に耳鳴の音が高ければ熱、低ければ寒、大きければ実、小さければ虚を示すと考えられる.
耳鳴の分類は、表証、裏証、半表半裏証に分けられる[10].
表証 風邪外襲は、初期は感冒症状でインフルエンザのようなもの、悪風発熱、自汗、舌質紅、脈浮数.治法は、疎風清熱.湿邪は、頭のふらつき、四肢のむくみと重だるさ.風熱は、突発性難聴、発熱悪風、耳の痒み.
半表半裏証 風寒は、往来寒熱、胸脇苦満.
裏証 肝火上炎は、怒ると肝を傷つけ、驚くと肝気が鬱厥し上逆する.突発性難聴で耳鳴を伴う、イライラ、脇張痛、舌質紅、脈弦数有力.治法は、清肝瀉火.竜胆瀉肝湯.
痰火鬱血は、酒や味の濃いものを過度に取ると湿が集まり痰を生じる.重い濁った音.頭重感、胸悶、舌質紅、脈滑数.治法は、去痰通竅.清気化痰丸.
腎精虚損は、腎精不足や病後、欲情により腎精を消耗.蝉の鳴き声、倦怠感、腰膝酸軟、高齢者に多い、舌質紅、脈細弱.治法は、補益腎精.耳聾左慈丸.
脾胃虚弱、気血両虚は、飲食労倦により脾胃を損傷.倦怠、気力が乏しい、食欲不振、舌質淡、脈虚弱.治法は、健脾益気.益気聡明湯加菖蒲.
処方例は、共通では、翳風、中渚、侠渓で少陽経気を導き、聴会、聴宮で風熱を散らす.
風邪外襲は、風池、外関、合谷.肝火上炎は、太衝、行間、丘墟、足臨泣.痰火鬱血は、豊隆、内庭、労宮.腎精虚損は、腎兪、太渓、関元.脾胃虚弱は、脾兪、気海、足三里を加える.耳鍼は、内耳穴、肝穴、腎穴、神門穴がある.

3.2 古典
耳鳴は、古代中医学において既に認識されており、素問、霊枢、鍼灸甲乙経を始めとして多くの書籍に記載がある.
素問通評虚実論篇第二十八に、九竅が通じないとあるので、耳も含まれる.胃腸の病変によって生じる.
素問脈解篇第四十九では、耳鳴は盛んになった萬物の陽気が上昇して悪いことをする故に耳鳴を生ずる.
霊枢邪気臓腑病形篇第四では、十二の経脈の精陽の別気が耳に走るので聴くことができるとあり、微濇であれば耳鳴などを生じる.
鍼灸甲乙経では、治療穴として、客主人、少商、陽谷、侠渓、中渚、耳門、中衝、大敦、百会、頷厭、前谷、遍歴などがある.
鍼灸資生経では、上関、下関、四白、百会、顱息、翳風、頷厭、天窓、陽渓、関衝、液門、中渚、天容、耳門、聴会、聴宮、腕骨、陽谷、肩貞、竅陰、侠渓、前谷、後渓、遍歴、大陵、商陽、絡却、浮白、和髎などがある.
以上の資料の時代は、鍼は刺していなかったといわれている.
鍼灸大成になると刺す時代となり、液門、中渚、外関、翳風、耳門、後渓、聴宮、聴会、合谷、侠渓がある.
灸法秘伝では、腎気不足のた めに、腎兪の灸、風池、百会がある.

3.3 頭部鍼治療
不安、鬱、不眠、イライラなどは、大脳辺縁系に悪影響を与え、蝸牛神経を経由して自律神経に影響する.聴覚は、大脳の側頭葉にあるので、頭鍼療法があり、1984年に頭皮鍼がまとまった.
頭部では、八卦鍼法として、大、中、小の八卦がある.小は外方1寸、中は2寸、大は3寸を百会の周りに描く.中八卦と大八卦に耳鳴がある.点刺切皮法で行う.
角孫八卦頭皮鍼では、角孫の上2寸を中心として、上下左右斜めの8点とする[11].1寸の鍼を点刺する.点刺は、押手で皮膚を広げておき、鍼管を用いないで鍼を一気に浅く差す.点で入れないと痛いので、深く入れないで点で入れる.耳の上は神経がたくさん走っていて、鍼管を押さえつけると痛いため、鍼管を使わないで浅く刺鍼する.置鍼時間は10分から15分間程度となる.

4.耳鳴に対する鍼灸治療

4.1 症例集積研究
耳鳴患者の耳鳴が変化する反応点に置鍼した報告では、治療終了時に耳鳴が低下した[12].耳鳴の評価は、標準耳鳴検査法1993における自覚的表現の問診票を用いた.耳鳴の大きさを5段階、持続期間を5段階、耳鳴の気になり方を5段階で評価した.主観的視覚尺度(VAS: Visual Analog Scale)を用いて、想像しうる最大の症状の強さの最高値を10として、小さくなるかあるいは気にならなくなるかが重要となる.耳鳴の気になり方を数値化した耳鳴りの支障度(THI: Tinnitus handicap inventory)も用いた.軽症は18~36、中等度36~56、重症は58~100の4段階となる.THIを作ったNewmanらは、20点以上の改善が見られたら臨床上明らかな改善としている.
耳鳴患者31名に対して、完骨などの患側乳様突起周辺部の経穴や頭頸部の圧迫により耳鳴が変化する反応点に置鍼した結果、耳鳴のVASは有意に低下し、THIも有意に低下した.
顔面部や頸部の自動運動や、経穴に圧刺激や通電刺激をした報告でも、耳鳴が軽減あるいは消失した[13].30dB以下の静かな環境で、耳栓とイヤーマフを装着後に耳鳴が聞こえる健康成人ボランティア30名を対象とした.評価は、耳鳴の大きさと特徴を6段階で、音質は3段階とした.
自動運動では、額しわ寄せなどで顔の筋肉を動かしたり、歯の噛み締めや首の側屈などの頸部や顔面部の自動運動を30秒間実施した結果、13名が耳鳴の大きさが低減した.
圧刺激では、頸部や顔面部の経穴である太陽、下関、完骨、風池、天柱、乳様突起下端、C1からC2の横突起に30秒間、指頭による圧刺激した結果、17名が耳鳴の大きさが低減した.完骨とC1が変化した.耳鳴VASは、42から22に有意に減少した.圧刺激では平均1.37 kgfの圧迫により軽減しており、ほとんど痛みのない圧迫でも効果があった.
通電刺激では、手部や頸部の経穴である完骨、合谷、後溪、大陵穴ツボに、経皮的経穴通電刺激(TEAS: Transcutaneous Electrical Acupoint Stimulation)を2Hzと100Hzで30秒間実施した結果、25名で耳鳴VASが軽減し、完骨では44から19に有意に減少した.特に完骨の効果が大きく、自動運動より圧刺激や通電刺激の方が低減に効果的であった.
頚部や手部の経穴などに圧刺激を行って、耳鳴が変化する部位に鍼刺激を行った報告でも、耳鳴が軽減した[14].対象は、平均年齢25歳の成人ボランティア36名で、一定の条件下で安定した明確な耳鳴を感じる者を対象とした.介入は45秒間実施した.評価は、耳鳴の大きさを6段階、音質を3段階.特徴を6段階とした.頚部や手部の経穴に、指頭で45秒間圧刺激を行った.部位は、完骨、風池、天柱、乳様突起下端、C1横突起部、合谷とした.平均1.39kgfの圧刺激で32例の耳鳴が軽減した.
置鍼を13例に対して行った.耳鳴が変化した部位に、直径0.16mmの1番鍼を4mm切皮し35~40秒間置鍼した結果、耳鳴の大きさの軽減8例と消失4例がみられた.完骨、乳様突起下端、C1横突起部で、耳鳴が軽減や消失した.耳鳴VASは、51から24に低下した.完骨と乳様突起が顕著で、完骨が最も良い結果となり、VASが48から15に低下した.
耳鳴は、運動やTENSでは大きくなった例があったが、鍼刺激の場合には大きくならなかった.
円皮鍼貼付を10例に対して行った.耳鳴が変化した部位に1.5mm の円皮鍼貼付を行い、耳鳴の大きさや持続の軽減7例と消失1例がみられた.鍼のない円皮鍼貼付を9例に対して行った.0mm の非侵襲的鍼用器具の貼付を行い、耳鳴の大きさや持続の軽減7例と消失1例がみられた.
以上の結果から、圧刺激を用いて有効刺激部位を簡便に検出でき、円皮鍼や非侵襲的鍼用器具の微弱な鍼刺激でも耳鳴が軽減することが判った.
めまい・耳鳴鍼灸治療外来における報告でも、耳鳴VASが低下した[15].明治国際医療大学付属統合医療センターのめまい・耳鳴鍼灸治療外来で、2013~2014年で5回以上鍼治療した人から選択した.女性32名、男性18名の合計50名で、平均年齢61歳であった.難聴あり32名、難聴なし18名、めまいあり19名、めまいなし31名.原因疾患は、突発性難聴9名、メニエール6名、加齢性難聴2名、加齢性耳鳴1名、その他5名で、原因不明は27名であった.治療回数は5~43回で平均10回、治療期間は1か月以上6カ月未満、耳鳴反応点有が37名、反応点無が13名であった.対象は耳鼻科領域のもので、精神科領域は対象としていない.鬱尺度(SDS: Self-rating Depression Scale)を用いて、うつは除外した.治療では、豪鍼16号が48名、刺入深度4mmの置鍼はほぼ全員の49名、灸あり2名、灸なし48名、漢方薬処方あり29名であった.5回の治療で方向性が分かり、良くなる種類の耳鳴かが分かる.週2回にしても効果は上がっていないので、週1回を5週行っている.5回目で良くなってきたら10回続けるという方法とした.
耳鳴VASは当初60から5回目に50、最終時に40に低下した.THIは、初回32から5回目で21に、10回目で18まで低下しており、5回目で有意差が出た.標準耳鳴検査法1993では、当初3.5から5回目で2.5に、10回目で2.5に変化した.気になり方は、当初3.5から5回目で3に、10回目でも3となった.めまいのVASも改善した.
鍼治療は、押圧により改善した耳鳴反応点、弁証論治、循経取穴、増悪因子や随伴症状に対する治療が行われた.耳鳴反応点の押圧の圧力は、1.39~1.41kgfの痛みがない程度でよい.臨床上重要な耳鳴反応点は、耳門、聴宮、聴会、角孫、翳風、完骨、風池、天柱、乳様突起下端およびその1cm下であった.加えて、下関、太陽、上肢の合谷、神門、手三里や、下肢の丘墟、足臨泣、太衝、三陰交、復溜でも効果が認められた.増悪因子や随伴症状としては、肩こりや筋緊張が強くなると強くなるので耳鳴と同時に肩こりや筋緊張緩和の治療をする.イライラすると耳鳴が強くなるならリラクゼーションを行う.加齢性難聴は、翳風、完骨、聴宮とした.突発性難聴は、聴宮、翳風、完骨、角孫、風池、天柱で改善した.若い女性は、聴宮、完骨、C1で改善した.

4.2 症例研究
症例1 57歳男性.主訴は、左耳鳴と耳閉塞感で、めまいもある[15].耳鼻科で、メニエール病と診断されて薬物治療を実施.めまいと耳閉塞感は軽減したが、耳鳴は変化しないので、鍼灸を受診した.メニエール病改善薬インバイドやアデホスコーワ、ビタミンB12メチコバール、胃腸粘膜保護薬ムコスタ、抗不安薬メイラックスやデパスが投与されていた.暗黒舌、黄色苔.心身のストレスが強くなると、よく眠れない.治療穴は、耳門、聴宮、翳風で、押圧で耳鳴が小さくなった.1番鍼を5mmの深さに10分間置鍼.7か月間で25回治療した.弁証論治により、太衝、太渓、復溜にも置鍼した.耳鳴VASは 38から20に低下、10回目に耳閉塞感VASが10から0に、耳鳴の気になり方は最初3~4から1に低下.THIは30から0に低下した.
症例2 65歳女性.主訴は耳鳴.9か月前に突発性難聴でステロイド治療を実施[15].肩こり、寝不足、イライラで耳鳴が強くなり、首のこりもある.治療穴は、聴宮、翳風、完骨、角孫.耳鳴VASは、30~40が1程度に低下した.標準耳鳴検査法1993は、3から2に低下.
症例3 27歳女性.主訴は耳閉塞感.3週間前に突発性難聴で11日間ステロイドを投与[15].めまいはなくなったが難聴は残った.ストレスやイライラがある.治療穴は、聴宮、翳風、天柱、風池.肝経を治則対象として、太渓、復溜、三陰交を追加した.耳閉塞感VASは、100が50に減少した.耳鳴の大きさや聞こえにくさも同様に改善した.
症例4 32歳女性.主訴は耳鳴で、不眠症を併発.連日の残業で、耳鳴と難聴がある[16,17].イライラいしている.耳鳴は自覚症状があるので気づくことができるが、難聴は気付きにくい.
治療穴は、風市で、刺鍼後に強刺激し、患者が耐えられる範囲で刺激を伴う手技を行う.運針して、鍼を動かし、得気感が上に向かって伝導して耳中に入った時に針を皮膚直下まで引き上げ、導気法をして、鍼孔を広げて瀉法で抜鍼する.単刺でよく、置鍼はしない.

4.3 鍼灸治療の重要点
耳鳴の鍼灸治療の重要点や注意点が報告されている[15].
診察では、耳鼻科領域の耳鳴か精神科領域かを弁別すると共に、現代医学の検査を実施する.
問診では、家事や仕事で疲れ過ぎていないかが重要で、問診でストレスをなくすこともできる.発症時の過度の身体的精神的ストレスの有無、脳の疲労の可能性、自律神経の機能異常の有無を聴取する.常に耳鳴を聞いていないかとか、耳鳴を意識していないかを聞いて、注意することはやめるように指導して、耳鳴に対する不安、イライラ、恐怖をなくしてもらう.
治療は、細い針とし、1番鍼を中心に心配な方には01、02番鍼を用いる.最初から痛い治療をすると来てもらえなくなるので、弱い刺激量から開始する.肩こりや精神的肉体的ストレスが、増悪因子になっていないかを問診で確認して、必要に応じてそれらの治療も加える.
鍼治療の効果は、耳鳴の低減だけでなく、視力向上、眼精疲労軽減、眼循環改善、眼圧下降、毛様体筋緊張緩和、自律神経機能調整、心神のリラクゼーション作用が報告されている.それ以外にも鎮痛、臓器血流改善、神経血流改善、筋緊張緩和、腸蠕動運動の改善や促進、免疫調整、抗炎症抗アレルギー作用など、有益な作用が全身に及ぶ.耳鳴軽減の機構としては、耳と全身との関係性といった人体各部の相互作用や相互影響を受ける.そのため、鍼治療による全身の効果が耳鳴の低減に影響を与える.このような、耳鳴に対する直接的作用だけでなく、全身の効果による間接的作用、およびそのような効果発現に対する個人差などがあるため、様々な鍼治療効果の集大成として耳鳴の低減をとらえる必要がある.

5.考察

耳鳴の信号は、蝸牛神経を通り大脳皮質に行くが、精神的ストレスを与えると、自律的神経系に影響を与えて耳鳴が悪化するため[3]、不安、怒り、うつの感情が過度になると耳鳴が悪化する.鍼灸治療には自律神経調整作用やリラクゼーションの作用があるので、鍼灸治療の効果が期待できる.自立訓練やイライラを抑える西洋医学的アプローチもある[8].鍼灸治療で耳鳴が改善されるのは、このような肝鬱気滞に対する間接的効果も考えられる.
耳鳴に対する鍼灸治療の目的は、鍼灸治療を行う前より治療後のほうが耳鳴の大きさが小さくなることにある.耳鳴が全く消えてなくなるということはほとんどないと言われており、治療の最終目標は、耳鳴が気にならなくなることにある.耳鳴が無くなるだけでなく、気にならないというのも重要な効果であり、治療効果として患者に耳鳴について確認する必要がある.耳鳴が気にならなくなると、無いのと同じことになるため、耳鳴が気にならなくなることも含めて、鍼灸治療で効果が得られていることを評価する必要がある.
耳鳴に対する鍼灸治療での注意点は、耳鳴の抑制効果の発現には個人差があると同時に、患者が患っている他の疾患にも左右されると考えられる.耳鳴を切実に感じている患者は過度な期待をすることがあるので、効果を感じていただけない場合があることを伝えることも重要となる.
鍼のない円皮鍼などのような刺さない鍼で、極めて軽微な刺激でも影響があったので、さまざまな刺激の円皮鍼の検討が重要となる.治療は週1回で良いが、週1回来れない人にはセルフケアが必要となるため、せんねん灸や耳鍼などを通じたセルフケアの手法の確立も重要となる.
難聴を伴う耳鳴に対する効果の検討も重要となる.難聴があっても耳鳴の低減には効果があるが、難聴自体の治療は難しい.鍼灸治療により聞こえやすくなるという症例もあるが、大脳の機能として聴力検査の結果と聞こえやすさとは関連が薄い可能性があり、聴力検査では変化が出ていなくても聞こえやすくなっている症例も含まれるため、効果の判定には注意が必要である.
耳鳴低減に対する鍼の作用機序の検討も必要であるが、直接的作用、間接的作用、相互作用があるとともに、それらの複合による長期作用も期待できる.個別の作用の機序の解明だけでなく、長期作用の機序に関する知見も重要となる.耳鳴は、脳が過敏な状況にあり、通常は排除される信号を拾い上げていると思われており、鍼灸治療が体性感覚中枢に抑制をかけて耳鳴も抑制されると考えられる.
通常であれば、鍼刺激がなくなると、体性感覚中枢の抑制効果も消失するが、治療をやめても効果が続いていることがある.これは、耳鳴の存在が大きなストレスになっていたのに対して、僅かではあっても耳鳴が低減することがあるという体験によって、絶望感というストレスから解放され、ストレス起因の耳鳴が抑制されたと考えられる.従って、少しでも良いので、耳鳴を低減させることにより、正帰還がかかって、長期的な耳鳴低減に結びつくと考えられる.
耳鳴は、疾患としてではなく、センサーの出力ともとらえることができる.疲労がたまったり、体調が悪い方向に向かうと耳鳴が大きくなることが多いが、これは体調が悪化していることを知らせるサイレンを鳴らしていると考えることができる.耳鳴強度から体調の良し悪しを把握することができるので、耳鳴をなくすことに注力するのではなく、耳鳴を活用することに注力すると良いと思う.体調を把握するための貴重なセンサとして、耳鳴を許容し、活用することで、耳鳴があったとしても負の感情がなくなって、耳鳴が気にならなくなる.このように、耳鳴はあっても、気にならない状態が実現されれば、耳鳴はないのと同様の位置づけとなると思われる.耳鳴を前向きにとらえるように、患者教育が重要になる.

6.むすび

耳鳴は、自覚的であり、原因不明とされることが多い.身体内部以外に明らかな音源がない状態で感じる音の感覚を言う.耳鳴を有する者は0.3%だが、加齢に伴って0.7%に増加する.耳鳴が発生する機構は、脳が音の信号の不足を感知すると脳が不足部分を補おうとして活性を高めるとか、ストレスにより大脳の機能が破壊されて蝸牛が影響を受けるなどさまざまである.体性感覚系と聴覚系などの中枢神経系との相互作用により、体性感覚系が聴覚系に影響することで生じる体性耳鳴も注目されている.原因疾患が多岐にわたり、根本的な治療は難しく、抗不安薬などが処方されたり、心理療法が行われたりする.耳鳴は自覚的であるため客観的評価が難しいが、標準耳鳴検査法1993、耳鳴VAS、THIなどの評価指標があり、耳鳴の改善の程度を定量化できる.
東洋医学では、肝胆の熱と腎精不足に大別されるが、痰湿や脾胃虚弱による耳鳴もある.黄帝内経にも記載があり、その後、様々に弁証され、有効な経穴が示されている.
耳鳴の鍼灸治療では、押圧により耳鳴が改善する耳鳴反応点だけでなく、弁証論治、循経取穴、増悪因子や随伴症状に対する複合的な治療が行われている.耳鳴反応点では、置鍼だけでなく、円皮鍼や非侵襲的鍼用器具の微弱な鍼刺激でも耳鳴が軽減する.耳鳴反応点は、耳の周りの頭頸部だけでなく、上肢や下肢にも存在するため、注意深く探索する必要がある.
耳鳴軽減の機構は、聴覚と全身との関係性といった人体各部の相互作用や相互影響を受け、鍼灸治療による全身への効果が耳鳴の低減に影響を与えるため、様々な鍼灸治療効果の集大成として耳鳴の低減をとらえる必要がある.そこで、鍼灸治療による自律神経調整作用やリラクゼーションの作用も重要となる、耳鳴が全く消えてなくなるということはほとんどないと言われており、治療の最終目標は、耳鳴が減少して、気にならなくなることにある.耳鳴の長期的な低減は、耳鳴は低減することがあるという体験によって、絶望感というストレスから解放され、ストレス起因の耳鳴が抑制されると考えられる.従って、僅かでも耳鳴が低減すれば正帰還がかかって、長期的な耳鳴低減に結びつくと考えられる.
耳鳴を疾患としてなくすることに注力するのではなく、体調を把握するための貴重なセンサとして、耳鳴を許容し、活用することで、負の感情がなくなって、耳鳴が気にならなくなる.耳鳴を前向きにとらえる患者教育が重要となる.

文献

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(令和3年10月4日受付)


photo 大塚 信之
1985年 東北大学卒業
1987年 東北大学院博士前期課程終了
1997年 博士(東北大学)
1999年 蛍東洋医学研究所設立
2017年 明治東洋医学院専門学校卒業
漢方、鍼灸、気功など、東洋医学に関する研究に従事


所属 Affiliation
 蛍東洋医学研究所, 大塚鍼灸院
 Hotal Ancient Medicine Research Institute (HARI), Otsuka Clinic

住所 Address
 〒560-0033 大阪府豊中市螢池中町3丁目8-14
 3-8-14 Hotarugaike-nakamachi, Toyonaka, Osaka, 560-0033 Japan

E-mail
 hari@otsuka.holding.jp


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