蛍東洋医学論文誌 JHTOM

Vol. 3, No. 1, 2016PDF  0.5M
慢性疲労症候群への鍼灸の適用
Acupuncture and Moxibustion Therapy for Chronic Fatigue Syndrome

大塚 信之 所属住所
Nobuyuki Otsuka AffiliationAddress

あらまし

6か月以上疲労が持続する慢性疲労患者が日本国民の40%近く存在する.プライマリケアでも、疲労や倦怠感が主訴の第2位となっている. 疲労の研究により、抗疲労食品や抗疲労薬品の基準ができた.生体酸化が関係し、修復力が低下して免疫細胞がプチ炎症を発生させる. 慢性疲労バイオマーカーにより、免疫系の関与や疲労が脳に関与するメカニズムも明らかとなった. 鍼灸治療前後での疲労度の主観的および客観的評価では、いずれの評価指標においても疲労度が低下した. 東洋医学的評価では、鍼灸治療後に気虚スコアが他のスコアと同程度に低減した.効果の高い経穴は、足三里、三陰交、百会、関元、腎兪等が報告されている. 疲労の代表的症状である全身倦怠感は鍼灸治療が効果がある.不定愁訴にも効果があることから、精神的な疲労にも効果が高い. ストレスなどにより副交感神経の機能が低下し、睡眠の質が落ちて、慢性疲労症候群を発症する. 鍼灸治療により、副交感神経の機能を賦活することで慢性疲労症候群へのアプローチが可能となる.

キーワード 疲労, 慢性疲労症候群, 過労死, 倦怠感, 抗疲労食品, 生体酸化, 東洋医学, 鍼灸治療

1.はじめに

1.1 疲労とは
疲労は、やる気がなく、だるい、しんどい、眠い、イライラするなど、日ごろ感じる症状である.しかしながら、近年、原因不明で重症の場合は、寝たきりに近い場合となる慢性疲労症候群が増加している.疲労外来も大学病院や大規模病院において設置され始めており、鍼灸院でも疲労回復のための鍼灸や慢性疲労症候群の治療を行うなど、患者も効果を実感してきている.
日本疲労学会の疲労の定義では、「疲労とは、過度の肉体的および精神的活動、または疾病によって生じた独特の不快感と休養の願望を伴う身体の活動能力の減退状態である.疲労は“疲労”と“疲労感”とに区別して用いられることがあり、“疲労”は心身への過負荷により生じた活動能力の低下を言い、“疲労感”は疲労が存在することを自覚する感覚で、多くの場合不快感と活動意欲の低下が認められる」となっている.

1.2 疲労の分類
疲労は、①急性疲労、②亜急性疲労、③慢性疲労の3つに分類される.急性疲労は1日眠ることで改善するもの、亜急性疲労は疲労の持続が1週間程度、慢性疲労は疲労の持続が6カ月以上とされている.
慢性疲労症候群という症候名で疾病として分類されており、①日常生活に支障をきたすほどの疲労が6カ月以上続く、②器質的疾患や精神疾患が認められない、③一般的検査にて異常が認められない、④症状として、筋肉痛, 関節痛, 不眠などの睡眠障害, 微熱, 頭痛, のどの痛み, 精神神経症状などを認める場合などの状態が該当する.
慢性疲労は、ストレス, 生活習慣病, 睡眠障害, 抑うつ, 意欲の低下, 痛みなどとの関連も指摘されている.

1.3 疲労の統計
1998年の厚生労働省の調査結果では、6ヶ月以上疲労を感じる“慢性疲労”は37% が感じており、6 ヶ月未満の“疲労”を感じている人22%を含めると、全体の約6 割が疲労を感じていることが示された.
2004年の文部科学省疲労研究班の大阪地区2742人の調査から、日本の就労人口を8000万人とした場合、疲れている人は56%の4480万人となる.期間が6カ月以上である“慢性疲労”の割合は39%で、3120万人に相当する.米国, 英国, スエーデンでは20%が慢性疲労となっており、日本のほうがやや多い.この慢性疲労のうち、日常生活に支障がない55%の内訳は、能力の低下37%、しばしば時に休む7%、休職や退職1%となっている.慢性疲労の原因は、過労42%や病気19%など原因がはっきりしているものが61%あるのに対して、原因不明の不定愁訴が38%ある[1].50歳以下では、身体的疲労より精神的疲労の割合が5から10ポイント高く68%程度となり、50歳以上で身体的疲労の割合が20ポイント程度高くなり65%となることも特徴となっている[2].ここで、身体的な疲労は、肩こり、腰痛、頭痛、倦怠感や日中の眠気などを、精神的な疲労は、イライラする、やる気が出ない、食欲不振、不安などにより構成される.
勤労者の心の電話相談件数から心身医学的側面から見た分類を行うと、“心理的側面”では抑うつ感が最も多く317件で、不安感、焦燥感、緊張感が続く、“社会的側面”では人間関係が217件で、雇用問題、職場環境、仕事の質が続く、“身体的側面”では、睡眠障害が151件で、易疲労感、食欲不振過食が続いており、勤労者が疲労していることが解る[3].
成人だけでなく、子供も疲労を感じており、ベネッセ教育研究開発センターのデータベースからは、あくびが出る51%、朝なかなか起きられない44%、だるい38%などの訴えがある.特に高校生ではソーシャルネットワークによる影響も新しい疲労の原因として現れてきている.

1.4 疲労と過労死および過労自殺
過労死は、疲労と関係が深いと考えられている.過労死は、過度な労働負担が誘引となって高血圧や動脈硬化などが悪化し、脳血管疾患や急性心不全などを発症して死に至った状態を指す.過労死は増加傾向にあり、厚生労働省神奈川労働局HPによると2008年の脳心臓疾患(過労死等)の労災請求件数は76件に対して、31件が労災に認定されている.
厚生労働省のマニュアルでは、「過労死とは過度な労働負担が誘因となって、高血圧や動脈硬化などの基礎疾患が悪化し、脳血管疾患や虚血性心疾患、急性心不全などを発症し、永久的労働不能または死に至った状態をいう」と記載されている.
また、同マニュアルにおいて「過労自殺とは、一般的に、長時間に及ぶ労働に精神的・肉体的に疲れきってしまい、至ってしまう自殺を指す」とされている.厚生労働省の“脳・心臓疾患及び精神障害などに係る労災補償状況”によると、2009年の過労死は50歳から59歳がピークの279人であるのに対して、過労自殺は、20歳から29歳に255人、30歳から39歳に364人、40歳から49歳に316人と、高い数字となっている.過労死だけでなく過労自殺も、疲労との関連性が高く、特に若年層を中心に過労自殺が多く発生していることも問題となっている.

1.5 疲労と倦怠感
倦怠感も疲労と関係が深いと考えられている.疲労や倦怠感は「作業能率の低下状態」として定義される.倦怠感は、①休めを命ずる重要な生態警報、②ストレスが重積して陥る状態、③多数の病気の下地(未病)となっており医療が必要、④多数の疾患でみられる症状の一つ、として理解されている.
様々な病気で倦怠感が発生するが、それに対する対策はあまり進んでいない.一方で、倦怠感を解決すると、原病の改善につながるため非常に重要となる.疲労や倦怠感がプライマリケアの主訴の第2位となっているが、疲労のメカニズムはまだ十分に解っていない.

2.疲労に関する研究

2.1 研究の歴史
1988年に米国で慢性疲労症候群の診断基準が定まり、日本では1990年に第一症例が始まった.1991年には厚生省疲労調査班がスタートした.疲労研究会では、スポーツ時の疲労や産業疲労の研究はあったが、疲労のメカニズムは検討されていなかった.1999年から、文科省科学技術振興調整費で疲労研究がスタートした.2005年に日本疲労学会が設立された.それまでは、厚生省、文科省、産官学連携プロ、21世紀COEで検討が進められた.2009年には、21世紀COEプログラムにおいて、疲労克服研究教育拠点が形成された.
疲労臨床研究により、疲労質問紙やPC版の確立、疲労および慢性疲労バイオマーカーの解明、慢性疲労症候群の治療法の開発やその試験、等の成果が上がっている.疲労質問紙やPC版の確立 により、疲労度の計測が可能となり、抗疲労食品や抗疲労薬品の基準が設けられた.
主観的疲労感と実際の疲労の比較研究も行われている.主観的疲労感と実際の疲労を両方測定して、それぞれがよく一致している場合を健全な状況とする.主観的疲労感の評価は、疲労、疲労感、意欲等の主観的計測を行う.Chalder疲労質問票、大阪市大版101項目質問紙、簡易版臨床試験用質問紙、学習意欲と生活習慣の質問紙、VAS (Variable Analog Scale)、Face Sale等も用いられている.集中力判定法はATMT (Advanced Trail Making Test) や内田クレペリン試験がある.
実際の疲労は、心電図と加速度脈波を測定する.心電図と加速度脈波には関係性があり、R-R間隔とa-a間隔の間には良い相関がある.加速度脈波を用いた疲労定量化研究からは、LF(Low Frequency: 低周波数)成分を持つと交感神経優位となり、HF(High Frequency: 高周波数)成分では、副交感神経優位となることが解っている.主観的疲労感と実際の疲労の検討の結果、慢性疲労の患者で睡眠時に副交感神経優位の場合は不一致となり、不健全な状態に位置付けられる.
活動量や睡眠の質を計測するアクティグラフの小型化が進み、“睡眠の効率(眠るまでの時間)”、“中途覚醒の状況”、“起きているときの行動量”が解る.その結果、慢性疲労患者は、酸化ストレスd-ROM (Diacron-Reactive Oxygen Metabolites) が高く、エネルギー産生系(クエン酸回路)の低下も生じる.さらに、琥珀酸、アスパラギン酸、グルタミン酸が疲労に影響を与えることも解ってきた.
疲労や慢性疲労のバイオマーカーの研究も行われている.疲労は、運動などで疲れる筋肉疲労モデル以外にも、精神ストレス、生活環境ストレス、感染や消耗性疾患等によるストレスなどによっても生ずる.研究では4つのモデルを作って、検討を行った.どのような疲労においても、免疫系が関係しており、脳に伝達されていることが解った.ここでは、疲労が脳に与える影響のメカニズムも検討されている.
脳の研究では脳内神経伝達物質を調べるために、MRI (Magnetic Resonance Imaging), PET (Positron Emission Tomography), f-MRI (Functional MRI) などの検査を行ってる.その結果、眼窩前頭野で疲れの影響が指摘されている.慢性疲労でどのような事象が発生しているかを議論する環境も整ってきた.慢性疲労症候群の診断基準は長期間に渡って診断をする必要があることも解ってきた.
生活環境ストレスの影響が大きいものの、遺伝的背景も解ってきた.疲労の原因因子があって疲労度が高まるが、休むと疲労度は低減する.これは、疲労感をリセットする因子があり、このリセット因子が不調なら疲労が残り、亜急性疲労となる.また、疲労リセット因子の欠陥により、慢性疲労になることも解っている.疲労リセット因子の欠陥は、40%は遺伝要因で、55%が環境要因となっている.
感染症によるものも解ってきており、神経系免疫系内分泌系の破綻もある.免疫物質をに反応しないサイトが増えてきており、ホルモンバランスの乱れを引き起こして、アセチルカルニチンの異常により、グルタミン酸系が異常となる.インターフェロンも、ベウナルートで異常をきたす.セロトニンやアセチルメチルの問題も指摘されている.

2.2 慢性疲労発症のメカニズムと評価手法
疲労の分子神経メカニズムとして、時間の長短の違いはあるものの加齢のメカニズムとほぼ同じ事象が起こることが明らかになっている.①過活動による生体酸化と修復エネルギー不足、②過労死前の内分泌系破綻、③慢性疲労時の自律神経や脳機能低下等に関して、検討が進められている.
通常の疲労の場合は、疲労を感じても休息して心の栄養分を補給することで疲労が減退する.一方で、慢性疲労の場合は、活性酸素が脳や筋肉を攻撃することにより、細胞がダメージを受け、酸化ストレスにより精神的な栄養を運ぶ機構が破壊されるために、十分に栄養分が供給されずに、精神的エネルギーの産生が低下して、疲労が回復しなくなる.
慢性疲労発症の局所的なメカニズムとして、前頭葉を中心とした各部への血流低下や神経伝達物質の減少により前頭葉が萎縮することが明らかとなっている.疲れた場合に認められる自律神経失調症状やイライラや不安、意欲や集中力の低下、短期記憶の低下などの症状、および多岐にわたる不定愁訴は、脳の機能異常と考えられる[4].従って、血流低下や神経伝達物質の減少の原因となる活性酸素の生成を抑制して、脳機能異常を抑制する必要がある. 意欲と疲労の関係は、小学生を中心に調べた結果、疲労度が高くなると学習意欲が下がり、線条体が達成感を報酬として意欲が向上することが解っている.小児慢性疲労では、前頭葉が過活動となっており、慢性疲労時には脳の広範囲の領域を使用していることも解ってきた.
慢性疲労状態では、作業効率が低下し、集中力や記憶力の低下によりミスが増加して仕事の時間が長くなり、睡眠時間が減少するといった負のスパイラルに陥る.その結果、生活習慣病や過労死やうつ病などの原因となるため、疲労状態の改善はきわめて重要となる.疲労状態の改善には、疲労状態を定量的に評価する必要がある.疲労の評価方法には、Trail Making Test、Advanced Trail Making Test、Actigraphy、Psychomotor Vigilance Task Monitor、ヒトヘルペスウイルスの再活性化度、加速度脈波によるa-a間隔のLF/HF比、社会的再適応評価尺度 (SRRS : Social Readjustment Rating Scale) などがある.SRRSは、人生の出来事型ストレスを43項目取り上げ、その出来事により受けるストレスの重みに応じて点数化したものである.各項目を自身に当てはめてチェックし、該当項目の点数を合計することで自分のストレスの度合いを評価することができる.米国の研究では、過去1年以内に体験した出来事の合計点数が150点以上の場合、翌年に何らかの健康障害を生じる危険性が約50%、300点以上の場合は90%以上としている.

3. 西洋医学的アプローチ

3.1 慢性疲労防止のための健康科学の探索
西洋医学では主に探索型の研究が進められてきたが、解決策を創造して社会実装する研究も進められている.創薬、医療技術だけでなく、疾病防止のための健康科学の探索等である.疲労により作業能率や運動効率が下がることは誰もが経験しており、少子超高齢化社会に際し、疲労に対するより良い回復方法や過労予防法の探索は、重要な医学的かつ社会的課題となっている.
大阪阪市立大学先端予防医療センターや理科学研究ライフサイエンス技術祈願研究センターにおいて研究が進められている.文部科学省科学技術振興調整費による疲労の班研究や文部科学省21世紀COEプログラム「疲労克服研究教育拠点の形成」の開発研究が実施されている.2013年7月からは、社会実装の場として、大阪駅前のグランフロント大阪に大阪市立大学健康科学イノベーションセンターが開設され、国際的疲労研究、慢性疲労臨床、抗疲労製品開発が推進されている.ここでは、様々な原因による疲労のメカニズム、疲労バイオマーカーによる定量化、脳機能イメージングやPET分子イメージングを用いた疲労の脳科学、それらに基づいた抗疲労および疲労克服策に関する研究が進められている.
健康科学では、健康と病気の連続性について調べられている.疾病の原因をバイオマーカーなどで検査する.病気になってからでは遅く、健康寿命を延ばす必要があるため、未病の段階で食い止めたり、健康をさらに増進する方法等も健康科学と捉えて検討が進められている.バイオマーカーの検査では、臨床検査だけでなく、イメージングも活用されている.

3.2 慢性疲労症候群の治療法の開発
慢性疲労症候群の治療法の開発や試験では、慢性疲労症候群の患者のMRI測定により、前頭前野で萎縮が起きていることが解り、それが元に戻ることで症状が改善することが解っている.慢性疲労の患者は、後頭葉の視覚領域の活動の低下だけでなく、聴覚領域の活動も低下しており、過剰な神経活動の抑制が起こっていることが解っている.疲労している人を見ると、疲労感のミラーシステムにより、帯状回で疲労を感じることも解ってきた.
2014年に脳内炎症がPET測定により実証された.慢性疲労症候群の場合は、炎症の発生頻度が健常者よりも高く、偏桃体、海馬、視床において、認知機能、抑うつ、痛みのスコアと炎症度合いの相関が明らかとなった.その結果、慢性疲労症候群と筋痛生脳症候群との鑑別ができて、治療方針が立てられるようになった.
また、筋肉の疲労とは異なり、乳酸は疲労の原因物質ではなく、逆に疲労を改善する物質であることも明らかとなった.
疲労と老化のメカニズムの共通点も解ってきており、同じ分子細胞の減少時間から疲労回復やアンチエイジングが説明できる.この分子細胞数の測定により過労死の予報につながることも解ってきた.
細胞や組織および脳が働き過ぎているにもかかわらず、いろいろな要因で頑張ってしまうと、酸素ラジカル(活性酸素の一種)ができ、生体酸化によりプチ炎症が発生し、機能を修復するATPが十分に産出されないと、炎症組織が蓄積されて、慢性疲労につながる.酸素ラジカルにより免疫系が異常亢進されてプチ炎症が発生することも解っている.そこで、生体酸化の防止や修復エネルギーの増加が重要となる.
包括的観点からは、ストレスや睡眠の質の低下が疲労につながるが、この負ののスパイラルを止める方法は解っていない.睡眠障害や慢性疲労からどのように元に戻すか、今後研究が待たれる.

3.3 バイオマーカーを用いた抗疲労製品開発
バイオマーカーを用いることで、医薬品や食品等の抗疲労製品の開発が進められている[5].バイオマーカーを生み出して、疲労を定量化して数値化し、解決策を探索することで製品開発を進めている.代謝亢進などの相関図を作成し、運動疲労負荷時や脳内の中枢神経系ストレス、疲労感や倦怠感、空腹感にどのように結びつくか等が明らかになった.
食品成分としては、自覚的な疲労感低減と客観的なパフォーマンス低下軽減の両方が可能なものとして、還元型コエンザイムなどが解ってきた.アメリカでは抗疲労製品が盛んに使用されている.酸化を抑えるものとしては、ビタミンC, ビタミンE, イミダペプチド, システイン, グルタチオン, ポリフェノール, 高濃度水素水等がある.これらの物質は、酸素関係の代謝物増加を抑制する.
クエン酸回路ではクエン酸がATPになる前に、コエンザイムが必要となる.いろいろな物質が複合的に作用しているので、物質が総合的に含まれたものを摂取する必要がある.コエンザイムは、早期うつへの効果があることが解ってきてる.クエン酸はレモンの中に多く含まれている.1日にレモン半分程度でよい.
抗疲労食品・製品臨床試験のガイドライン(抗疲労臨床評価ガイドライン)も創成された.PETで、食物から体の中にどの程度移行するか調べられている.フルスルチアミン(ビタミンB1誘導体)がどの様に体の中に作用しているかを、動態として追跡できる.カプサイシンが脳の海馬にどのように連結するかも解る.バイオマーカーを体内でみる技術も解ってきた.
抗疲労食品としては、イミダペプチドが臨床試験で最も効果が高かった.この物質は、渡り鳥から得られたものである.働き過ぎによる酸素の大量消費から活性酸素が発生するが、イミダペプチドはこの活性酸素を消去する.その結果、細胞機能の低下を抑制し疲労状態を緩和することが解った.アミノ酸が2つ接続した構造となっている.ヒスチジンとβアラニンも塩素系ラジカルに対してて強い抗酸化作用を持つ.動物モデルの試験の結果、運動能力の低下や疲労感の抑制、組織ダメージも抑制されることが解ってきた.
高濃度水素水は、体脂肪や内臓脂肪を減少するもので、悪玉コレステロール(LDL:Low-Density Lipoprotein)中の酸化物が減るなどの効果もある.疲労の試験の結果、高濃度水素水を含む場合と含まない場合を盲検した結果、メンタルヘルスの向上、睡眠改善、安静時の交感神経活動の抑制、作業課題に対する意欲の向上が明らかとなった.
修復エネルギーでは、老化で作りにくくなるビタミンB1、クエン酸、コエンザイムなどがある.ラットを使用して肝臓内代謝物解析を行った.PETを使って、心筋のクエン酸回路の活性効果を測定して、慢性疲労を評価している.
日本食によるストレス脳機能効果を調べることで、薬ではなく、食事だけで摂取できないか検討されている[6].イミダゾールジペプチドなども注目されている.抗疲労市場や癒し市場は、2020年までに大きな市場になると考えられている.
日本から世界へ①病気にならない科学、健康科学の重要さ、②疲労を科学することの重要さ、③慢性疲労にならない日常生活の工夫、④疲労回復法の有用性、⑤疲労時計の有用性、⑥抗疲労製品の科学的論理的開発、⑤科学に裏打ちされた日本抗疲労産業の優位性などが発信されている.

4.慢性疲労に対する鍼灸治療

4.1 勤労者の慢性疲労に対する鍼治療の効果
鍼灸業界においても疲労が注目されており、疲労外来は増加の一途をたどっている.疲労に注目する鍼灸師が増加しており、鍼灸治療で疲れが軽くなることを患者も感じ始めている[7].
勤労者の慢性疲労に対する鍼治療の効果が報告された[8-10].患者に疲労の状況をはっきりと伝えることで鍼灸治療効果が高まるため、鍼灸治療を行う前に疲労自己診断チェックリストなどを参考に、問診で疲労度を把握することが重要となる.対象は、20歳以上65歳未満の労働者で、過去6カ月以上にわたり連続して疲労を自覚している者(慢性疲労を有する者)、さらに自己評価疲労スケールで中程度以上と判定されたものとした.鍼治療群(9名)は面接と心身の状態に応じた治療を1週間に2回実施した.一方で、対照群(9名)には、面接のみを1週間に1回実施した.介入は8週間実施した.
主観的評価では、身体的疲労VAS・精神的疲労VAS、精神的健康度(GHQ-12)、疲労蓄積度チェック、弁証スコアによる東洋医学的状態把握を行った.客観的評価では、血液検査によるホルモン検査、アクティグラフによる睡眠の質の検査、酸化マーカー(8-OHdG・PAO)検査を行った.
その結果、身体的疲労VAS(最悪を100mm)では、介入前に対する介入後のVASが、対照群が平均して-6.3mmの良化に対して、鍼治療群では-29.3mmとなり、改善した.
精神的疲労VASでは、介入前に対する介入後のVASが、対照群が平均して-7.3mmの良化に対して、鍼治療群では-25.7mmとなり、改善した.
疲労蓄積度チェックリスト(蓄積疲労:最悪を7点)の結果は、介入前に対する介入後の点数が、対照群が平均して0.7点の悪化に対して、鍼治療群では1.3点改善した.
精神的健康度(GHQ-12:最悪を12点)の結果は、介入前に対する介入後の点数が、対照群が平均して0.8点の悪化に対して、鍼治療群では5.4点改善した.
アクティブグラフによる睡眠の質の評価では、睡眠効率、入眠後の覚醒時間、覚醒回数共に鍼治療群が対照群より改善した.
アクティブトレーサーによる自律神経機能評価では、VLF(Very Low Frequency) / HFが鍼治療群では17.4から14.3に低下したが、対照群では11.5から12.1に増大した.この結果より、鍼治療群では交感神経活動が抑制されたことが解った.
このように、いずれの評価指標においても疲労度が低下することが明らかとなった.
次に、東洋医学的評価として、弁証スコアを用いて評価した.その結果、鍼治療群で実施前に大きい数値を示したのは気虚36.7、肝34.2、肺34.2、陰虚29.3、血虚29.1の順であった.対照群は、気虚42.2、血虚39.8、肝36.1、肺32.4、陰虚29.7であった.鍼治療の結果、鍼治療群では気虚21.2、肝20.4、肺24.1、陰虚18.6、血虚26.7に低下した.対照群でも、気虚40.0、血虚38.5、肝31.9、肺22.2、陰虚9.3に低下したが、低下量は鍼治療群のほうが大きかった.また、気虚のスコアは、鍼治療群では、鍼治療の実施後には気虚以外と同程度のスコアに低下した.
疲労の原因には、セロトニンの低下、自律神経系の変調、カルニチン量の低下、脳血流の低下、酸化ストレスの増大等がある.鍼灸治療の疲労軽減のメカニズムは、鍼灸治療により、セロトニン代謝の増加、自律神経の調整、カルニチン量の増加、脳血流の増加、抗酸化能向上による酸化ストレスの低減が考えられる.

4.2 灸治療の効果および中医学の研究報告
気虚では鍼よりも灸のほうが効果が高いことが解っている.加速度脈波の測定により、交感神経と副交感神経の差から、つぼ灸や箱灸で副交感神経が優位となった.透熱灸の場合は、最初は交感神経が優位となるが、その後は副交感神経が優位となり、疲労解消に効果があると考えられる.また、つぼ灸の場合は、合谷が良いということが解っている.
中医学の疲労に対する鍼治療の報告からは、20%以上の文献で効果がある経穴として、足三里、三陰交、百会、背部の督脈上の経穴、背部の膀胱経上の経穴、および特に関元、腎兪があげられている.中医学では、1週間に2回から3回の治療を4週間程度繰り返す必要があるが、日本ではこのような高頻度の治療は困難であり、週1回なら10週間程度で効果が現れる.

5.考察

疲労は、日常生活における様々なストレスの延長線上にあり、未病の状態に位置付けられる.6ヵ月以上持続する慢性疲労で苦しむ患者が国民の40%近く存在するにも関わらず、疲労に対する鍼灸治療の研究は少なかった.
疲労の代表的症状として全身倦怠感があるが、鍼灸治療では倦怠感といった身体的な疲労に効果がある.さらに、鍼灸治療は不定愁訴にも効果があることから、精神的な疲労にも効果がある.また、鍼灸治療は、睡眠障害の改善にも効果がある.抑うつ状態が睡眠障害を生むといわれているが、睡眠障害が抑うつを作る可能性も示されている.鍼灸治療により睡眠障害や抑うつを改善し、その結果として疲労改善に貢献できる.
ストレスがかかり思いつめると、副交感神経の機能が低下し、睡眠の質が落ちて、慢性疲労を発症する.鍼灸治療は、副交感神経系にアプローチできるため、副交感神経の機能賦活が可能となる.慢性疲労防止のために、疲れをためない方法は、良質な睡眠、栄養のある食事、心身のリラックス等が挙げられる.精神的疲労を外部からの刺激で軽減することは難しく、絶対に有効という方法はないが、鍼灸治療により肉体的疲労の軽減を実現すると共に、例えば痛くない鍼や灸で副交感神経を優位にする治療が可能となる.
ところで、副交感神経系のみの研究が多いが、交感神経と副交感神経の中枢は混在している.例えば、前部帯状回や視索前野で、交感神経系のブロックと副交感神経系のブロックが混在しており、接近した部分で機能のバランスに影響を及ぼす.これらの機能の解明が進めば、鍼灸治療の効果がより明確になると思われる.鍼灸治療前後のf-MRI検査などの研究も重要となる.
慢性疲労は、うつ病だけでなく、過労死や過労自殺にも進展するため、鍼灸治療においても注意が必要となる.問診において、疲労の蓄積度合を定期的に把握して、鍼灸治療の判断基準にする必要がある.労働者の定期健康診断では、パソコンの画面の見すぎで生ずるVDTや、メタボリック診断などが行われているが、疲労に関しても簡便で適格な診断法の確立が望まれる.
慢性疲労が若年層にも多く発生している.認知症患者では、患者本人の治療効果の実感の欠如といった課題があるが、若年層の場合は治療効果の把握が可能となる.鍼灸治療による効果が上がれば、早く治癒したいというインセンティブが働き、鍼灸治療が若年層にも普及する可能性がある.若年層で増加しつつある疲労という疾病に対して、鍼灸治療の効果の提示は、社会課題の解決に向けて大きな意味を持つ.
鍼灸治療による疲労軽減のメカニズムが明らかになり、これらの評価指標を元に、効果の高い経穴や手技を明らかにする必要がある.現在は、中医学に基づいた報告が多いため、日本人に効果のある経穴を明らかにする必要性を感じる.慢性疲労の回復への灸治療効果も明らかにする必要がある.灸は日本において独特の進化を遂げており、日本人を対象とした灸治療による疲労回復に関する研究が待たれる.

6.むすび

6か月以上疲労が持続する慢性疲労患者が国民の40%近く存在する.慢性疲労の原因は過労が42%だが、原因不明が38%ある.プライマリケアでも、疲労や倦怠感が主訴の第2位となっている.
痛みのメカニズムは解ってきたが、疲労に対する本格的な研究は少ない.疲労の症候に含まれる倦怠感を解決すると原病の改善につながるため、疲労の解明が重要となる.これまでの疲労臨床研究により、疲労度の計測が可能となり、抗疲労食品や抗疲労薬品の基準ができた.疲労や慢性疲労バイオマーカーにより、免疫系が関係し、疲労が脳に?がるメカニズムが導入された.また、慢性疲労症候群の治療法が開発され、筋痛性脳脊髄炎と鑑別が可能となった.
慢性疲労メカニズムは、細胞や組織や脳が過労状態となってもATPが十分に産出されないことによる.生体酸化が関係し、修復力が低下して免疫細胞がプチ炎症を発生させる.乳酸は疲労原因物質ではなく、疲労を改善することも明らかとなった.
抗疲労製品は、酸素関連の代謝物増加を抑制する.食物からの摂取量をPETで調べ、動態観察により、ATPを産出するコエンザイム、臨床試験で最も効果が高いイミダペプチド、体脂肪や内臓脂肪を減少する高濃度水素水が開発された.薬だけでなく、食事だけで摂取することを目的に、日本食によるストレス脳機能効果が研究されており、抗疲労癒し市場は、2020年までに大きな市場になる.
鍼灸治療前後で、疲労度を主観的および客観的に評価した結果、いずれの評価指標においても疲労度の低下が報告された.東洋医学的評価では、鍼灸治療前は治験者の気虚のスコアが最も高かったが、鍼灸治療後には気虚スコアが他のスコアと同程度に低減することが解った.中医学で報告された効果の高い経穴は、足三里、三陰交、百会、関元、腎兪等であった.
疲労は、日常生活における様々なストレスの延長線上にあり、未病の状態に位置づけられる.6ヵ月以上持続する慢性疲労で苦しんでいる患者が国民の40%近く存在するにも関わらず、これまで、疲労に対する鍼灸治療の研究は少なかった.
疲労の代表的症状として全身倦怠感がある.鍼灸治療では、倦怠感といった身体的な疲労に効果がある.さらに、鍼灸治療は不定愁訴にも効果があることから、精神的な疲労にも効果が高い.ストレスがかかり思いつめると、副交感神経の機能が低下し、睡眠の質が落ちて、慢性疲労を発症する.鍼灸治療は、副交感神経の機能亢進が可能となるため、慢性疲労症候群へのアプローチが可能となる.
慢性疲労防止のために、疲れをためない方法は、良質な睡眠、栄養のある食事、心身のリラックス等が挙げられる.精神的疲労を外部からの刺激で軽減することは難しく、絶対に有効という方法はないが、鍼灸治療により肉体的疲労の軽減を実現すると共に、例えば痛くない鍼や灸で副交感神経を優位にする治療が可能となる.自律神経系のメカニズムの解明が進めば、鍼灸治療の効果がより明確になると考えられる.

文献

[1] 渡辺恭良他, 別冊・医学のあゆみ 最新・疲労の科学, pp.7, 2010.
[2] 谷畑健生, 総合臨床, vol.55, No.1, 2006.
[3] 太田理恵子他, 日本職業・災害医学会会誌, vol.52, pp.315, 2004.
[4] 井上正康, 疲労の科学, 講談社, 2001.
[5] 渡辺恭良, 東洋療法学校協会 第37回学術大会, 2015.
[6] 渡辺恭良他, 抗疲労食, オフィスエル, 2011.
[7] 山崎翼, 明友会 平成26年度研修会, 2014.
[8] 山崎翼他, 日本未病システム学会雑誌, vol.15, pp.186, 2009.
[9] 山崎翼他, 全日本鍼灸学会雑誌, vol.60, pp.497, 2010.
[10] 山崎翼他, 日本未病システム学会雑誌, vol.22, pp.8, 2016.

(平成28年12月31日受付)


photo 大塚 信之
1985年 東北大学卒業
1987年 東北大学院博士前期課程終了
1997年 博士(東北大学)
1999年 蛍東洋医学研究所設立
2016年 明治東洋医学院専門学校在籍
漢方、鍼灸、気功など、東洋医学に関する研究に従事


所属 Affiliation
 蛍東洋医学研究所, 大塚鍼灸院
 Hotal Ancient Medicine Research Institute (HARI), Otsuka Clinic

住所 Address
 〒560-0033 大阪府豊中市螢池中町3丁目8-14
 3-8-14 Hotarugaike-nakamachi, Toyonaka, Osaka, 560-0033 Japan

E-mail
 hari@otsuka.holding.jp


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