蛍東洋医学論文誌 JHTOM 020101
Vol. 2, No. 1, 2015
0.5M
鍼灸治療による疼痛緩和効果
Pain Relief Effect of Acupuncture and Moxibustion Therapy
大塚 信之 所属 住所
Nobuyuki Otsuka Affiliation Address
あらまし
侵害受容性疼痛だけでなく、神経因性疼痛や心因性疼痛などにより慢性痛を訴えるケースが増加している. 鎮痛薬としては、一般的には抗炎症薬が用いられるが、近年は抗てんかん薬や抗うつ薬を用いた鎮痛治療が重要となっており、 痛みの伝達阻害による神経因性疼痛の抑制を目的にプレガバリンが処方されている. 一方で、鍼灸刺激、通電鍼刺激、擦鍼、小児鍼は、皮膚に存在する受容器を興奮させて神経入力を増加し、 痛みとは感じない刺激で痛みに関する体部位再生地図を書き換えることで、痛みの抑制が検討されている. 特に、術後に発生する遷延痛は交感神経の緊張や情動に関与するため、薬物による制御が困難であり、鍼灸の効果が期待される. 鍼灸治療は痛みだけではなく、自律神経の調整や、気血の循環の改善等を通じて、患者の全身状態の向上を目標に治療効果の改善に努める必要がある.
キーワード 侵害受容性疼痛, 神経因性疼痛, 遷延痛, 抗うつ薬, 自律神経, 東洋医学, 鍼灸治療
1.はじめに
古代、痛みは神経を通じて脳に通じるという生理学的解釈をして、痛みを感覚としてとらえた.現在は、痛いという単純な痛みだけではなく、同時に”つらい””苦しい”といった、不快な感覚や情動体験としてとらえられている[1,2].痛みを発生源により分類すると、侵害受容性疼痛(体性痛, 内臓痛)、神経因性疼痛(神経の障害による疼痛で、侵害刺激無しに疼痛が発生する)、心因性疼痛(不安や怒りなどの無意識の心理状態が疼痛を引き起こす)がある[3].最近、神経因性疼痛や心因性疼痛などにより慢性痛を訴えるケースが増えている.慢性痛は、治療に要すると期待される時間を超えて持続する痛みで、進行性の非がん性疾患に関連する痛みとして定義されている.
しかしながら、急性痛と慢性痛の境界は定義が難しい.急性痛は侵害受容器の興奮が原因となるが、慢性痛の中でも難治性では中枢神経系の機能変化が原因であり、この間の遷移領域が定義できていない.この遷移領域では、痛みの原因を侵害受容器の興奮とした場合は、介入方法あるいは治療治療方法の適否の見極めが重要となる.
慢性痛の定義はあいまいで、急性痛からの移行が多く、神経障害が治癒していない等の侵害受容性刺激が原因の場合もある.中枢神経系の機能変化が起こると、慢性痛といっても1か月でも起こるし、心因性や社会要因といった複数の要因がかかわると、慢性痛の診断はさらに難しくなる.
慢性痛の発症機序は、侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛で違いがある[4,5].侵害受容性疼痛の場合は、侵害受容器を介した炎症性疼痛であって、組織損傷による炎症で発痛物質が放出されて、絶え間なく自発痛が発生する.さらに、侵害受容器の過敏化により痛覚過敏(アロディニア)が生じる.侵害受容器の過敏化のメカニズムは、イオンチャネルの侵害性刺激受容体である、一過性受容体電位バニロイドTRPV1 (Transient Receptor Potential Vanilloid 1) チャネルのリン酸化がある.
神経障害性疼痛の場合は、以前は脊髄後角からAβ神経線維の発芽説があったが、近年では神経損傷に伴う一次求心性神経からの入力増大による後根神経節細胞での遺伝子発現やシナプスのイオンチャネル型グルタミン酸受容体 NMDA (N-methyl-D-aspartic Acid) レセプタのリン酸化や、脊髄後角のミクログリアの活性化などの機能的変化の関与が明らかとなっている.
以上のような、疼痛に関する新しい知見を基に、鍼灸治療によるこれらの疼痛に対する鎮痛効果について考察した.
2.疼痛の基礎
2.1 疼痛の発生原因
疼痛とは、組織の実質的ないし潜在的な傷害と関連した不快な感覚的情動体験なので、以前はあまり取り組めてなかったが、最近は情動体験などに関する知見が積み重なって、感覚的情動体験に基づいた疼痛へのアプローチがなされるようになった.
疼痛は、自由神経終末やポリモーダル受容器などにより生ずる.例えば、Ⅰ度の火傷の場合は、表皮が侵され、自由神経終末やポリモーダル受容器による痛みを生ずる.一方で、Ⅲ度の火傷になると、自由神経終末やポリモーダル受容器からパチニ小体までの広い範囲で神経終末がなくなるので、まったく痛みを感じなくなる.
ポリモーダル受容体は、いろいろな刺激に反応するため、疼痛の原因となりやすい.例えば、酸やアルカリなどに反応するため、アシドーシスにも反応する.内臓や脳の外科手術の場合は、これらの臓器にポリモーダル受容器がないので、痛みを感じない.ポリモーダル受容器には、一過性受容器電位TRP (Transient Receptor Potential) チャネルだけでなく、プラジキニンBK (Bradykinin)、プロスタグランジンPG (Prostaglandin) およびサイトカイン (Cytokine) などに反応する受容器として、B2/B1、EP/IPなどがある.一方で、神経成長因子NGF (Nerve Growth Factor) に反応するTrkA受容器に傷害がある人は、痛みを感じないという問題もある[6].
2.2 一過性受容器電位チャネル性疼痛
一過性受容器電位チャネルTRP は、Ca透過性の非選択制陽イオンチャネルで、10個のTRPチャネルが温度感受性を有する.通常、温冷覚は、Aδ繊維で伝達されるが、唐辛子の辛み成分を感知するカプサイシン受容体TRPV1は、C繊維で刺激を伝達する、後根神経節の小型ニューロンである.TRPV1のリン酸化によりTRPV1が活性化されて、発現頻度が増大すると、神経障害性疼痛が発症する.末梢性感作と呼ばれ、術後の遷延痛や糖尿病性神経症などの神経障害性疼痛を発症する[5].
TRPV1阻害剤には、痛覚過敏の低下やアロディニアの抑制などの効果があるが、体温上昇や温度感覚異常などの副作用があるため、臨床ではほとんど使用されていない.ワサビに反応するTRPA1 (Transient Receptor Potential Ankyrin 1) もポリモーダル受容器に関連するとして注目されている.
痛みが継続する要因としては、TRP のリン酸化が考えられている.TRPがリン酸化されると、TRPチャネルを通ってNaが入るようになり、その結果としてプロテイン酵素のCキナーゼが関与して、Naチャネルが開き続け、慢性的な痛みの原因となる[7].
2.3 神経障害性疼痛メカニズム
神経障害性疼痛は、神経障害、感染、および強く持続的な侵害刺激等により、近隣の細胞から炎症物質が産生されて、遊離、放出されることで発症する.このような神経障害性疼痛を制御する物質として、グリア細胞が研究されている.抑制機構としては、グリア細胞のミクログリアが神経細胞の修復を行う.神経を縛ったり、神経に感染などがあると、グリア細胞から炎症誘発物質が放出され、痛みに関与する.
炎症誘発物質には、サイトカインの一種である腫瘍壊死因子TNF-α (Tumor Necrosis Factor- α)、プロスタグランジンPG、インターロイキンIL (Interleukin)、脳由来神経栄養因子BDNF (Brain-derived Neurotrophic Factor) などがある.一次ニューロンでの神経伝達物質の放出が促進され、二次ニューロンの膜電位が上昇してシナプス伝達が促進、脊髄後角で中枢性感作が発生する.炎症誘発物質は、抑制性介在ニューロンの脱抑制にも関与している.
このような炎症誘発物質を抑制することで痛みを制御できるため、グリア細胞のミクログリアが注目されている.例えば、神経を拘束すると、活性化型ミクログリアが増えるという研究がある.疼痛メカニズムは、神経の損傷によりインターフェロンなどがP2X4受容体で認識され、活性化ミクログリアの触刺激に伴う脱分極により、神経障害性疼痛が起こるというものである.この場合も、チャネルのリン酸化が疼痛反応のスタートポイントとなる.リン酸がチャネルにつくことにより、NMDA 受容体が常時開放となるため、神経が反応し続け、痛みが長期化する.
2.4 筋・筋膜性疼痛メカニズム
筋・筋膜性の疼痛メカニズムとしては、筋を動かしたときに翌日に痛くなるような遅発性筋痛が研究されている[5].知覚過敏の原因物質と言われている神経成長因子 NGFを皮下投与すると、少ない刺激の圧痛閾値PPT (Pressure Pain Threshold) で痛くなり、3日後に疼痛の強度及び疼痛部位の範囲が最大となり、10日程度で改善する.慢性腰痛には、抗NGF抗体が有効となる.ネズミの筋での実験では、NFG投与により、筋膜のC神経繊維の受容器の43%がポリモーダル受容器に変化することにより痛みが増したという報告もある.神経成長因子 NGFは、末梢性だけでなく、中枢性感作にも関与している.
2.5 下行性制御系の疼痛抑制メカニズム
疼痛抑制メカニズムとして、下行性制御系がある.下行性制御系は、セロトニン系とノルアドレナリン系があり、ゲートコントロール理論で説明される.痛み伝達系のサブスタンスPに対して、抑制系としてノルアドレナリン、GABAなどが作用する.下行性抑制系の薬は、ノイロトロピンや三環系抗うつ剤などがある.下行性抑制系薬剤に発光性たんぱくを付加して、作用ポイントを調べたところ、C神経繊維における知覚鈍磨との関連が認められた.侵害受容器および疼痛伝達関連分子の遺伝子発現停止には、侵害受容器TRPV1や電位依存性ナトリウムチャネルNaV1.8の減少、およびNaV1.3の増加、神経性伝達物質サブスタンスPの減少が効果がある.脊髄後角での可塑性変調により、中枢性感作が変化し、脳由来神経栄養因子の発現が増加するという報告もある.
大脳の側坐核領域のドーパミンの減少や活動低下によっても、慢性疼痛を発症する.手綱核域から腹側被蓋野へ電気信号を通すと症状が改善する.側坐核に電極を刺入して電気信号で活性化させたり、抗うつ薬を飲むことでも、側坐核領域が活性化されて、疼痛が緩和されるという報告もある.
3. 臨床における疼痛管理
3.1 手術後の疼痛管理
手術すると、術後も長期間痛みが続くことがある.痛みの要因として血栓形成の可能性があり、手術後には抗血液凝固剤を投与する周術期抗凝固療法が実施される.急性痛の管理では、今までは自己調整鎮痛法PCA (Patient Controlled Analgesia) が第一選択であった.これは、患者自らが少量分割投与を実施するものである.しかしながら、神経ブロックでの有害事象として最も多くの報告があり課題となっていた[6].
PCAの課題を解決する方法に硬膜外自己調節鎮痛法PCEA (Patient Controlled Epidural Analgesia) がある.PCEAは、患者自らスイッチを押すことで、あらかじめ決められた分量の鎮痛剤を硬膜外に少量分割投与するものである.かつては、PCEAが術後の第一選択であったが、最近はオピオイドの全身投与下のPCA投与IVPCA (Intravenous Patient Controlled Analgesia) が行われている.患者が痛いときにボタンを押すと、オピオイドを自動的に注入する機器として開発された.高価な点が課題となる.体動時痛のある場合や術後早期にはPCEAがよいが、安静時痛については、IVPCAもPCEAと同様な効果が認められているため、IVPCAが第一選択となる.
3.2 有害事象
神経ブロックでの有害事象としては、硬膜外ブロックが最も多くの報告がある.次に有害事象が多いのは、星状神経節ブロックであり、肋間神経ブロックも気胸を起こすため、実施しない方向にある.
PCAの課題を解決するものとして、電動式PCAポンプがあり、患者が痛いときにボタンを押すと、オピオイドを注入する方法がある.
鎮痛作用の部位としては、脊椎の近くの硬膜外でブロックするのではなく、末梢に薬を投与する方法も検討されている[8].
3.3 術後疼痛管理
術後疼痛には、急性痛と遷延痛がある.急性痛への対策では、例えば帝王切開の後には、オピオイドや局所麻酔薬による、脊髄くも膜下麻酔が実施される.婦人科手術の場合は、硬膜外ブロックではなくIVPCAが用いられる.脳外科、耳鼻科、心臓外科では、最初から非ステロイド性抗炎症薬NSAIDs (Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs) が用いられており、投与期間は心臓外科の場合は術後4日間でよい.呼吸器、消化器整形外科手術後は、硬膜外ブロックが用いられている.術前の鎮痛薬としては、よく眠れるのでプレガバリンが選ばれている.
遷延痛とは、外科的介入後に生じ、2か月以上続く痛みで、四肢切断術、開胸術、および腰椎術では5割に上ることがある.
神経障害性疼痛薬物療法では、次の順番で処方している.第一選択薬として、三環系抗うつ薬、ノルトリプチリン、アミノトリプチリン、Caチャネルαリガンド、プレガバリン、ガバペンチンがある.第二選択薬としては、帯状疱疹後神経痛PHN (Post herpetic neuralgia) にはノイロトロピン、糖尿病性ニューロパチーにはデュロキセチンやメキシレチンがある.第三選択薬としては、麻薬性鎮痛薬として、フェンタニル、モルヒネ、トラマドールが、三叉神経痛治療薬としてカルバマゼピンがある.
遷延痛は、先制鎮痛が困難であるとか、内臓、神経、交感神経の緊張や情動に関与しており、薬物による制御が困難であるという課題がある.
3.4 術後鎮痛
脊髄刺激療法は、ゲートコントロール説に基づく.脊髄に電極入れて神経を刺激する方法が1992年から保険適用になっており、腰椎術後痛、頚椎術後痛、複合性局所疼痛症候群など多くの疾患に使用されている.神経障害痛や虚血痛に有効であるが、侵害受容痛には無効となる.脊髄後索の逆行性刺激では脊髄分節性となる.順行性刺激では、脳内鎮痛機構が発現する.
電極の位置がずれると良好な効果が得られないので、多くの電極を用いるパドル型電極が使用されている.65歳で、下肢にしびれがある人が、痛みの視覚的アナログスケールVAS (Visual Analogue Scale) が改善して、立ち上がって杖で歩行できるようになった症例があるが、認知症の人には効果が得られていない.
鏡療法による神経リハビリテーションも行われている.痛みを感じる部位の運動により疼痛によって変形された大脳皮質の感覚地図を元に戻すことで鎮痛に効果を上げている[8].一日一回10分程度を最低2~3か月、最長9か月間実施する.ナイフで刺すような痛みや、電気ショック、皮膚表面の痛みには効かないが、関節や筋肉を捻ったり絞ったりする痛みや、深部組織の痛みには有効であった.鏡だけでなく、ロボットスーツで、体性感覚も一緒に働かせることで、大脳皮質を改善して、大脳辺縁系を改善するという報告もある.このように、脳内の感覚系と運動系の情報伝達を促進することで、知覚―運動ループの再構築により疼痛の消失が可能となる.ループの整合性の破たんが神経障害性疼痛を生ずるためで、ループの再統合により痛みが減少する.一方で、大脳に電極入れる方法は半分失敗しているという報告もある[6].
3.5 全身麻酔中の疼痛
全身麻酔中は、患者に意識がないので、疼痛のメカニズムに関する研究は遅れている.全身麻酔中のバイタルサインの安定性、機能的神経画像研究、体性―交感神経反射、心拍変動解析、脳波、脳領域での侵害刺激誘発電位などを調べているが、麻酔中の痛みはどのようになっているかまだ分からない.今後の研究が必要な領域となっている.
4. 薬物療法による鎮痛
4.1 抗炎症薬の薬理作用
鎮痛薬というと、抗炎症薬が身近にある.整形外科では、抗炎症薬としてステロイドや、鎮痛作用のあるアセトアミノフェンが用いられているが、近年は抗てんかん薬や抗うつ薬が用いられる傾向にあり、今後は、慢性疼痛においても抗てんかん薬や抗うつ薬を用いた鎮痛治療が重要となってくる.
抗炎症薬は、非ステロイド性抗炎症薬NSAIDs を意味している.ステロイド以外の抗炎症作用を持つ薬物の総称で、解熱鎮痛消炎作用を有する薬剤である.アスピリン、インドメタシン、イブプロフェン、セレコキシブなどがある.ジクロフェナクや、ロキソプロフェンは、商品名のボルタレンやロキソニンとして有名である.
細菌による生体の感染や障害があると細胞が活性化され、アラキドン酸カスケードが活性化され、炎症が開始する.アラキドン酸カスケードが活性化されると、細胞膜リン脂質が炎症の原因物質となる.リン脂質からアラキドン酸が放出されて、プロスタグランジンPGとロイコトリエンLTが生成される.炎症にはこのPG が関与する.その際、酵素であるシクロオキシナーゼCOXが関与する.
産生されたPGから、最終的には、5つの物質 (PGD2, PGE2, PGF2a, PGI2, TXA2) が生成される.炎症にはPGE2 が関与する.このPEG2は、血管拡張作用があり、血流が増えて、熱感や発赤が生じ、毛細血管の透過性が亢進し、発痛作用がある.一方で、胃腸粘膜の保護作用もある.そこで、抗炎症薬は、COXの働きを阻害して、PGの産生を抑制する.PG産生抑制による有益作用としては、血管拡張作用の抑制や、毛細血管透過性の抑制による浮腫の抑制、および発痛の抑制があり、その結果、発赤、熱感、腫脹、疼痛などの炎症の作用を抑制する.一方で、副作用として、胃腸粘膜保護作用が失われる問題があり、胃粘膜の障害により胃潰瘍を引き起こす問題がある.抗炎症薬による薬物理療は、炎症による痛みを抑えるので、炎症以外が原因の痛みには効果がない.従って、疼痛の原因が炎症でない場合には効果がない.
4.2 急性疼痛における薬物療法
慢性疼痛患者へのアンケート結果から、痛みが満足な程度まで低減したと思う人が2割程度となっており、非ステロイド性抗炎症薬NSAIDsを中心とした治療が効果があった人は2割しかないことになる.残りの8割の方には、別な治療が必要となる.
炎症以外の痛みの分類は、急性疼痛と慢性疼痛に分類される.急性疼痛は,外傷、熱傷、術後に発生しており、外傷や病気に対する生体防御のための警告反応となる.この警告反応は、痛みを引き起こした刺激から逃避したり、刺激を除去すれば速やかに疼痛が消失する.一般的には、急性疼痛は手術などの医療現場での治療においてみられ、医療機関で管理される.その場合は、鎮痛薬、麻酔性鎮痛薬、麻酔科的手技により充分に管理されているために、疼痛管理が問題になることは少ない.
慢性疼痛は、身体へ加えられた侵害刺激が12週間から3か月の期間続く場合に、痛みが慢性化することにより引き起こされる.骨の退行性変形などにより引き起こされた痛みなど、疼痛が急に発生して急性痛の症状であっても、原因が長期に及んでいる場合には慢性痛に分類されることがある.
4.3 慢性疼痛における薬物療法
薬物療法においても、痛みで問題になるのは、急性痛ではなく慢性痛となる.慢性疼痛で苦しむ患者は、全国で約2割あり、2000万人に達する.慢性疼痛の要因別(侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、心因性疼痛)に、薬物療法について説明する.
4.3.1 侵害受容性疼痛
侵害受容性疼痛は、侵害受容器が持続的に刺激されて痛みを生じる.自由神経終末やポリモーダル受容器が持続的に刺激されて起こる.炎症性疼痛も含まれ、身体を守るための生理的痛みに分類されるので、抗炎症薬や消炎鎮痛剤等で治療が可能となる.
4.3.2 神経障害性疼痛
神経障害性疼痛は、神経障害後の修復時に起こる難治性の疼痛である.神経系に何らかの障害が起こるときに引き起こされるエラーとして生ずる痛みになる.ひりひり焼ける、電気ショック、しびれた、ピリピリする、針でチクチク指すような痛みと表現され、プレガバリン等が処方される。
4.3.3 心因性疼痛
心因性疼痛には機能性疼痛症候群や中枢機能障害性疼痛を含む.器質的、特異的な病理所見が明らかでなく、持続的で、特徴的な身体愁訴を呈する症候群で、過敏性腸症候群、慢性疲労症候群、繊維筋痛症などといった難病性のものがある.脳に関連した痛みも含まれる.抗不安薬、抗うつ薬、抗てんかん薬等が処方される場合がある.
4.3.4 治療時の注意事項
慢性疼痛は、上記3つの要因により引き起こされるため、どの要因に影響されているかを明らかにしたうえで薬物投与を行う必要がある.例えば、疼痛の大きな割合を占める慢性腰痛では、圧迫骨折、脊柱管狭窄症、ヘルニアなど2割は原因が明らかになっているが、残り8割は原因が明らかとなっていない.これは、上記3つの分類のうちどの要因で疼痛が生じているか明らかになっていないことも、慢性疼痛の原因を不明確にしている要因となっている.
5.慢性疼痛患者への薬物療法
5.1 慢性疼痛の原因
最近、侵害受容性疼痛の慢性疼痛患者に、神経障害性疼痛が含まれることが明らかとなった.従来は炎症が蔓延しても炎症は炎症そのものと考えられてきたが、最近、炎症が神経障害性疼痛に変化するメカニズムが明らかとなった.
炎症が蔓延して持続的痛みのシグナルが神経に入力されると、神経系はエラーとしての過敏性を獲得する.過敏性の獲得とは、痛みとして認識しやすい状況を作り上げることを意味する.炎症性疼痛が持続した後に、引き起こされた慢性疼痛には、神経障害性疼痛を併発していると考えて、侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛の両方を視野に入れた治療が必要となる.
5.2 新しい薬物の薬理作用
神経障害性疼痛の治療には非ステロイド性抗炎症薬NSAIDsが効果を示さないので、新しい薬剤が開発された.プレガバリンは、米国では10年前から臨床適応されていたが、日本では5年前から適応さた(商品名リリカ).プレガバリンは、痛みの伝達を阻害することで、痛みを抑える[9].
プレガバリンの作用機序は次のようになる.通常、末梢神経終末から、脊髄後角神経に情報伝達が行われる.神経終末でカルシウムチャネルから細胞外のCaイオンが、神経細胞内に取り込まれ、グルタミン酸を含む神経伝達物質小胞が受容器に放出されて痛みの情報を伝達する.神経障害性疼痛の場合は、末梢からのわずかな痛みの情報でも、チャネルが開くことでCaイオンが神経細胞内に入るため、大量の神経伝達物質が放出されて、信号が増幅され、強い痛みとして情報が伝達される.
プレガバリンは、Caチャネルに付着して、Caチャネルの開きを抑えるので、情報が伝わっても、Caが神経細胞内に取り込まれないため、神経伝達物質が放出されなくなる.
プレガバリンは、元々は、抗痙攣薬として使用されていたが、脊髄後角に効き目があることがわかり、使用されるようになった.副作用は、眠気や集中力の低下、高齢者ではふらつきなどがある.
神経障害性疼痛の多くは、もともと難治性なので、プレガバリンを使っても痛みは完全に取れない.そこで、痛みを完全に取り除くのではなく生活の質QOL (Quality of Life) や通常の日常生活に必要な基本的な活動ADL (activities of daily living) の向上が重要となる.
5.3 痛みの新知見
新しい痛みに関する情報として、体部位再現地図に関する知見がある.体部位再現地図では、手や体に関して、たくさんの大脳新皮質細胞が作用することが示されているが、この体部位再現地図が神経障害性疼痛を発症している患者では書き換えられていることが明らかとなった.一方で、神経障害があっても痛みの少ない患者では、書き換えは非常に少なくなっている.例えば、Nature掲載の報告では、手の感覚神経が遮断されている患者において、外部からの刺激や課題を行うことによって、活動した脳の様子を画像化するfMRI (functional magnetic resonance imaging) の脳の像から、顔を刺激したときに、手の位置に相当する神経細胞が興奮することが明らかとなった.これは、本来は手の領域の大脳皮質の部分が顔の領域になったことを意味する.すなわち、大脳皮質は、入力信号がなくなると入力信号のある他の部分に書き換えられる.その後、手への刺激を増やして手の感覚神経を興奮させると、顔になっていた領域が、手の部位に戻っることが分かった.上記メカニズムは、神経障害性疼痛を発症した患者では、疼痛部位の体性運動を実施することで、体部位再現地図の再書き換えにより疼痛を軽減できることを示唆している.
6.鍼灸治療による鎮痛の効果
6.1 鍼灸治療の可能性
鍼灸治療は、人間の感覚の中でも痛みに関する感覚を、治療に利用する方法で、鍼を皮膚に接触させたり、刺すことによって鈍っている神経機能を興奮させ、また逆に興奮している機能を抑制することによって、体の不調を治療するものである[10].
WHO(世界保健機構)で議論された鍼の適応症には、以下に示すように痛みそのもの、および疾患により痛みが発生する症例が多く含まれている[11].
神経および筋骨格障害:頭痛および片頭痛、三叉神経痛、顔面麻痺(初期)、脳卒中発作後の麻痺、末梢性ニューロパチー、ポリオの後遺症(初期)、メニエール病、神経因性膀胱機能障害、夜尿症、肋間神経痛、頚腕症候群、五十肩、テニス肘、坐骨神経痛、腰痛、変形性関節症
上気道:急性副鼻腔炎、急性鼻炎、感冒、急性扁桃炎
呼吸器系:急性気管支炎、気管支喘息
目の障害:急性結膜炎、中心性網膜炎、小児の近視、合併のない白内障
口の障害:歯痛、抜歯後の疼痛、歯肉炎、急性および慢性咽頭炎
胃腸障害:食道および噴門痙攣、しゃっくり、胃下垂、急性および慢性胃炎、胃酸過多、慢性十二指腸潰瘍(疼痛緩和)、合併症のない十二指腸潰瘍、急性および慢性腸炎、急性細菌性下痢、便秘、下痢、麻痺性イレウス
鍼灸治療により慢性疼痛で特に問題となる神経障害疼痛が緩和できれば、患者にとって大きな福音となると考えられる.神経障害疼痛があると、体部位再生地図の書き換えが行われ、さらなる疼痛が引き起こされる.逆に、神経からの入力を増加することで、体部位再現地図を書き換えて、痛みを抑制できる.痛みを感じる部位からの神経入力を積極的に増やすと、体部位再生地図の再書き換えにより、慢性疼痛の軽減も可能である.
鍼刺激、通電鍼刺激、擦鍼、小児鍼は、皮膚に存在する受容器を興奮させて神経入力を増加し、痛みとは感じない刺激で痛みに関する体部位再生地図を書き換えて痛みを抑制している可能性がある.また、鎮痛薬が万人に必ず効くというわけではないので、鎮痛薬と鍼灸とを組み合わせることで効果を上げることが期待される.
6.2 症例
複合性局所疼痛症候群CRPSと診断された患者の症例について報告されている[12].69歳女性で、右耳介周囲の痛みが主訴.耳鳴り難聴があり耳鼻科を受診、原因不明のためビタミン剤と血管拡張剤を処方され症状は改善したが、右耳介周囲の痛みが残った.他の病院に転院すると複合性局所疼痛症候群CRPS (Complex Regional Pain Syndrome) と診断された.ドラッグ・チャレンジテストDCT (Drug Challenge Test) をしても結果が出ず、末梢性神経障害性疼痛治療薬プレガバリン(リリカ)も処方されたが効かなかった.その後も症状が増悪したので、大学病院に転院し、ベンゾジアゼピン系の抗てんかん薬リボトリールと坑不安剤デパスがよく効き、痛みの視覚的アナログスケールVASが百分の一となった。薬を減らすと増悪したため、薬を増量して症状は軽くなった.その後、医師から薬剤増量を危惧され、鍼治療を勧められた.知覚過敏、自発痛、ストレス、抑うつ傾向があり、浮腫や不眠はなく、多言であった.健康関連QOLであるHRQOL (Health Related Quality of Life) 尺度において8つの下位尺度SF-8では、全般的に50以下で悪く、特に、心の健康MH、活力VT、社会生活機能SF、サマリースコア(精神)などが20台で悪かった.身体機能は54なので標準であった.
治療は、自律神経系の安定を目的に、脊柱起立筋、多裂筋緊張部、腹部募穴に置鍼10分、合谷-孔最、足三里-三陰交に電気鍼1Hzを20分、浅刺呼気時に座位による外関穴への刺鍼を実施した.一回目の治療で、施術直後はVASが0となった.その後痛みが出るが、毎週治療をすると、週3,4日痛みが生じない日が出てきて、メンタルポイントも40以上と良くなった.
この患者は複合性局所疼痛症候群CRPSと診断されていたが、本当にCRPSであったか疑われ、心因性の影響も考えられる.現在、痛みは完全に取れて、全身調整のために、週一回の治療を続けている.
6.3 症例別鍼灸治療の状況
鍼灸治療の状況についても報告されている[12]。慢性痛の原因疾患の1位は腰痛で、ほとんどが運動器的、整形外科的疾患となっており、8割が腰と肩になっている.慢性痛保有者は、日本で1割程度、フランスでは2~3割あり、慢性痛保有者が多い.運動器疼痛は、30~50歳台が多く、加齢のみが問題とならない.体を動かす人より、専門職のように体を動かさない人に慢性痛が多い.
治療は、病院受診が6割で、病院以外の施設での治療も4割程度ある.病院以外とは、整体や接骨院となると思われる.鍼灸院は8%程度.整形外科が4割ある一方で、整体・マッサージ・鍼灸院が2割ほどあるが、麻酔科やペインクリニックに行くのは1%程度と極めて少ない.
治療内容は、病院診療所が2割、民間療法も2割程度ある.投薬2割、マッサージ3割、鍼灸は1割ある.鍼灸が、痛みを伴う患者の治療にそれなりに取り入れられている.一方で、神経障害性疼痛に対しては、鍼治療は1%程度となる.
疼痛治療の不満は、痛みやしびれが取れないが8割、納得のいく説明がない3割、痛みについて理解してもらえなかったも3割ある.痛みが取れない以外にも説明がないとか理解されないことも不満の要因となっている.2009年の調査では、痛みが和らいでいるという人は2割だが、医療機関に限れば、2011年の報告では、満足が1割、やや満足が4割あり、かなり改善されている.整形外科における運動器慢性疼痛では、3割程度しか満足していない.社会復帰者では、入院前後において治療後に大いに改善したが4割、改善したが2割あった.
6.4 心理的側面
心理的要因には、認知バイアスや心理社会的要因がある.認知バイアスは、損失回避と可用性バイアスという特徴がある.損失回避は、失うものは、利得の2.5倍過大に解釈する現象をいう.認知バイアスにより、慢性痛患者は痛みによって、健康を喪失したと悲観する傾向にある.可用性バイアスは、自分が見聞きした個々の良い記憶がよく残っていて、行動が強く影響される現象をいう.可用性バイアスにより、口コミ効果だけでなく、あそこの病院は良いと聞いた記憶に基づきドクターショッピングを行ったり、怪しげな療法に手を出すという傾向にある.
痛みが慢性化する理由には、器質的要因以外にも、認知バイアスに基づく心理社会的要因があり、治療を困難にしている.このような心理的側面には、恐怖回避モデル (Fear-avoidance model) があり、痛みの体験がとても強い場合、痛みにより仕事ができなくなったと思い込むことで破局視が強くなり、認知行動の悪循環が起こって、さらなる疼痛を引き起こして、慢性化が進む.
慢性痛患者の思考の特徴は、慢性痛への理解が少ないことだけでなく、はっきり言えない、後悔の念、気を遣う、反芻、理解されない、実は甘えたい、心理的なものと言われたくない、といった心理的側面がある.自分でストレスへの対処の仕方を知らないとか、対処を実施しないという問題もある.例えば、交通事故を非常に後悔するといった、気持ちの問題が大きくなる.
慢性痛患者の訴えは、前はこんなんじゃなかった、痛いから何もできない、何も良いことがない、何とかしてほしい、痛みがなければ何でもできる、と思っている.一方で、古典的条件付けによる回避学習型疼痛が生じており、過剰に足を引きずる、手を患部に当てる、治療を過剰な回数求めるなどの疼痛行動が起こる.
6.5 治療方針と治療目標
医療を含む外部環境に依存しやすく、痛みの対処に対する能動性が欠如しているため、痛みを訴える患者の目的が痛みを取り除くことにあるかについては、注意深く検討する必要がある.痛みを0にすることを目的とするのではなく、痛み以外の視点、例えばできなくなったことが何で、やらなくなったことが何かという視点が必要となる.その結果、痛みが減ればやってみたいことや痛くてもできそうなことを患者と考えることが重要になる.鍼灸治療においても、痛みの軽減以外の視点での評価や目標設定が重要で、できることを増やしていく治療が重要となる.
全身運動療法の効果としては、身体活動で痛みが軽減したり、歩くことで改善した報告がある.肩には鎮痛効果はないが、膝の運動には鎮痛効果があるという報告もあった.腰痛患者は、腰に限った運動をするのではなく、様々な身体活動をするほうが痛みを軽減し、精神活動を改善することができるという報告もある[13].また、慢性腰痛症に対して、快適な歩行を10分間実施することで、痛みや身体機能が改善し[14]、肩の筋痛症に対しては患側の運動には鎮痛効果がないが膝の運動には鎮痛効果があるという報告もある[15].さらに、認知行動療法は慢性痛に有効である等の報告もある[16-18].
例えば、鍼灸治療の目標を、不眠の改善、いらだちを抑える等とする.肩こり等の他の愁訴を軽減したり、慢性痛患者がしばしば訴える食欲の改善により、生活の質やライフスタイルの改善に結びつけることができる.
評価法には、痛みそのものの評価として、視覚的アナログスケールVAS、数値的評価スケールNRS (Numerical Rating Scale) 、フェイススケール、マギル疼痛質問表、神経障害性疼痛スクリーニング質問表などがある.神経障害性疼痛スクリーニング質問表は、感度が7割、特異度が76%あるので、疑わしい患者が来ると適応する価値がある.
痛みを有する患者の活動を中心に評価するとか、患者の心理的評価も重要である.活動度評価では、簡易疼痛評価表BPI (Brief Pain Inventory) は7項目のスコア評価が可能で、他に疼痛生活障害評価尺度PDAS (Pain Disability Assessment Scale)、ローランド・モリス障害質問票RDQ (Roland and Morris Disability Questionnarie) などがある.心理的評価では、痛み破局化スケールPCS (Pain Catastrophizing Scale)、病院不安およびうつ病尺度HADS (Hospital Anxiety and Depression Scale)、ベック抑うつ評価尺度BDI (Beck Depression Inventory)、気分プロフィール検査POMS (Profile of Mood States)、状態-特性不安尺度STAI (State Trait Anxiety Inventory) などで客観的評価ができる.
6.6 鍼灸による慢性痛の治療
現状では、鍼灸治療は動物実験における有効性以上の、臨床研究によるエビデンスが示されていない.そこで、痛みの種類やメカニズムを知って、鍼灸が有効でない痛みがあることを知る必要がある.慢性痛患者の心理的思考を理解し、認知と行動の両面からの対処も念頭に置いて、多面的アプローチが必要となる.痛み以外の視点による行動目標のアプローチが重要で、鍼灸治療は痛みだけにとらわれない治療が必要となる.
鍼灸治療は痛みだけにこだわらないというのは、痛みを直そうとする反面、過剰な刺激になったり、治療で何とかしようという気持ちが出ると逆効果になることがある.大学病院での調査では、鍼灸院や整骨院で痛みが増強したという患者も多いので、治療後の疼痛増加にならないようにする必要がある.痛みの改善が少なくても、痛みだけにとらわれず、患者の行動を考えて、痛みが増悪しないように、今の鍼灸治療を続けながら今の生活をどのように改善するかを患者とともに考える必要がある.痛みを維持しながら生活目標を考えるということがあってもよいと思われる.
7.考察
7.1 慢性疼痛について
慢性疼痛は、神経障害性疼痛だけでなく、下行性制御系における大脳の側坐核領域のドーパミンの減少や活動低下によって生じる複雑性がある.また、硬膜外ブロックの危険性など、疼痛管理の課題も提起されている.特に、遷延痛は交感神経の緊張や情動に関与するため、薬物による制御が困難である.このように、従来の炎症を中心とした考え方に対して、新知見が提唱されており、現在の西洋医学的治療の限界や課題が明らかになってきた.
鍼灸治療では、全身症状の緩和を目的に実施するため、交感神経や情動に直接働きかける.今後、交感神経や情動を切り口に、鍼灸治療と慢性疼痛抑制の関係を新知見に基づいて解明することで、治療効果を改善できると考えられる.
特に、鍼刺激、擦鍼、小児鍼は、皮膚に存在する受容器を興奮させて神経入力を増加して、大脳皮質の感覚地図を元に戻すことで、鏡療法と同様に痛みを抑制できると考えられる.
認知症の方のしびれ感覚の治療の要望は多いと思われるが、手術で治るわけではなく、痛みが消えればしびれもなくなる場合が多い.しびれにより、神経まで炎症が波及した可能性はあるが、しびれたからといってすぐに手術するわけではない.認知症以外では90歳でも手術する場合があるが、高次機能が障害されている認知症の患者は手術しない場合が多い.認知症の患者に手術が実施されていない理由として、リハビリ等を定期的に実施しにくい事があり、鍼灸の適応についても今後の課題となる.
7.2 疼痛の薬物治療について
帯状発疹(ヘルペス)などによる神経痛はブロック注射などが実施されている.帯状発疹では神経が障害を受けているので、神経ブロックの適応症例となる.肋間神経ブロックは気胸の恐れがあるので、最初に肋間神経に導入された鎮痛薬であるプレガバリンが用いられいている.プレガバリンは飲み薬なので、いろいろな部位の痛みを遮断するためさまざまなケースで処方されており、プレガバリンと鍼灸治療の相乗効果に関するエビデンスの蓄積が重要となる。
体部位再現地図の書き換えの神経入力は、イメージトレーニングを含めた刺激入力が行われている.具体的には、疼痛以外の刺激(さする、つつく)が加えられる.これらは鍼灸的な刺激ではないが、鍼灸治療でも同様な効果が得られると思われる.鍼に通電すると筋の収縮が起こるため、これが有効な刺激となると思われる.太い神経線維の入力のほうが置き換えが起こりやすいか等については、今後検討が必要と思われる.
急性痛から慢性痛への移行は時間が必要となる.内臓痛や生理痛は予防的効果があるが、急性痛の場合は、予防的にNSAIDsを用いることは一般的ではない.痛みがあるということは炎症があるということであり、NSAIDsが効かないというのは、たとえばロキソニンは肝臓の中で代謝されたのちに効果を発揮するので、時間的に適応していない可能性がある.そのような場合には、他の薬を用いることも考慮したほうが良いと考えらえる.
7.3 慢性疼痛に対する鍼灸治療について
症例では、東洋医学的配穴ではなく、自律神経に対するアプローチがなされており、交感神経の緊張を抑え、下行性神経抑制系の活性化に重きを置いている.
肩の運動療法の鎮痛効果が少なかったケースでは、外転の可動域が低下した患者への運動療法を適用した事例の報告もあった.理学療法士の指導の下で行っているため、運動療法の中身は不明だが、可動域の改善を目的としていた.鍼灸治療においても、肩の場合のように局所的治療では改善効果が少ないと考えられ、全身的治療が必要となる.
鍼灸治療の効果があった症例[12]では、複合性局所疼痛症候群 (CRPS) は非適合とはなっていない.プレガバリンが効かないので、神経性というわけではない.薬をやめたときに痛みが増強したのであれば、心因性を伴う痛みであったと考えられる.
弁証によると肝気鬱結であり、足の少陽経胆病証、刺鍼は四関穴(合谷-太衝)、薬湯は加味逍遥散が考えられていた.
一方で、側頭部痛から三焦経脈病証、陽池-五行穴、通竅活血湯も効果があると思われる.少陽胆経の足臨泣穴への治療では、筋肉への電気刺激で副交感神経を亢進させるという効果が考えられる.また、少陽三焦経の外関は、使いやすい経穴として、今後幅広く使用される可能性がある.
東洋医学的配穴ではなく、自律神経に対するアプローチも重要となる.交感神経の緊張を抑えるために、下行性神経抑制系に関係する経穴への施術も効果的と考えられる.
鍼灸の後に疼痛が増悪して医療機関に行ったという報告があることから、医師と鍼灸師の間の連携が重要となる.しかしながら、鍼灸治療の後に病院に行った場合は、医師が鍼灸院に連絡することはない場合が多いと考えられる.日ごろから鍼灸師と医師の間に密接な連携があれば可能となる.医療機関で薬物治療を実施しながら鍼治療を行うことも重要と思われる.慢性痛の患者の場合は、鍼灸だけでは難しいということも考慮すれば、今後は、鍼灸師と医師との連携が重要となってくる.
現状では、慢性痛に対する鍼灸治療は、臨床研究によるエビデンスが示されていないため、鍼灸による神経への直接刺激が有効でない痛みがあることを知るとともに、慢性痛患者の心理的思考を理解して、患者の全身体的健康状態の改善を目標にした多面的アプローチが必要となる.
特に、痛み以外の視点の行動目標設定が重要であり、鍼灸治療は痛みだけではなく、自律神経の調整や、気血の循環の改善等を通じて、患者の全身状態の向上を目標に治療効果の改善に努める必要性がある.
8.むすび
近年、侵害受容性疼痛だけでなく、神経因性疼痛や心因性疼痛などにより慢性痛を訴えるケースが増加している.神経障害性疼痛の場合は、神経損傷に伴う一次求心性神経からの入力増大による後根神経節細胞での遺伝子発現等が明らかとなっている.
鎮痛薬としては一般的には抗炎症薬が用いられるが、近年は抗てんかん薬や抗うつ薬を用いた鎮痛治療が重要となっている.侵害受容性疼痛の慢性疼痛患者には、神経障害性疼痛が含まれていることから、痛みの伝達を阻害することで痛みを抑えることを目的にプレガバリン(リリカ)が処方されている.このような疼痛に関する新しい知見を基に、鍼灸治療によるこれらの疼痛に対する鎮痛効果のエビデンスの蓄積が重要となる.
鍼灸刺激、通電鍼刺激、擦鍼、小児鍼は、皮膚に存在する受容器を興奮させて神経入力を増加し、痛みとは感じない刺激で痛みに関する体部位再生地図を書き換えて痛みを抑制できる.また、鎮痛薬と鍼灸とを組み合わせることで効果を上げることもできる.
鍼灸治療においては、慢性痛患者の心理的思考を理解し、認知と行動の両面からの対処も念頭に置いて、痛み以外の視点による行動目標の多面的アプローチが必要となる.
慢性疼痛は、神経障害性疼痛だけでなく、下行性制御系における大脳の側坐核領域のドーパミン減少や活動低下によって生じる複雑性がある.特に、術後に発生する遷延痛は交感神経の緊張や情動に関与するため、薬物による制御が困難であり鍼灸の効果が期待される.鍼灸治療は痛みだけではなく、自律神経の調整や、気血の循環の改善等を通じて、患者の全身状態の向上を目標に治療効果の改善に努める必要がある.
文献
[1] 丸山一男, 「痛みの考え方」南江堂, 2014.
[2] 小山なつ, 「痛みと鎮痛の基礎知識」技術評論社, 2010.
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[4] 奈良信雄, 東洋療法学校協会編 臨床医学総論 第2版
[5] 奈良信雄, 東洋療法学校協会編 臨床医学各論 第2版
[6] 野坂 修一, 全日本鍼灸学会近畿支部研修A講座, Osaka, Sep. 2015.
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[8] 疼痛ガイドライン後の疼痛対策, 脳21, vol.17, pp.188-243, 2014.
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Cochrane Database Syst Rev., vol.11, 2012.
(平成27年12月30日受付)
大塚 信之
1985年 東北大学卒業
1987年 東北大学大学院博士前期課程終了
1997年 博士(東北大学)
1999年 蛍東洋医学研究所設立
2014年 明治東洋医学院専門学校在籍
漢方、鍼灸、気功など、東洋医学に関する研究に従事
所属 Affiliation
蛍東洋医学研究所, 大塚鍼灸院
Hotal Ancient Medicine Research Institute (HARI), Otsuka Clinic
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