蛍東洋医学論文誌 JHTOM 020201
Vol. 2, No. 2, 2015
0.5M
スポーツ傷害への鍼灸の適用
Acupuncture and Moxibustion Therapy for Sports Injuries
大塚 信之 所属 住所
Nobuyuki Otsuka Affiliation Address
あらまし
スポーツ傷害には、過用症候群があり、西洋医学の治療法が限定されているため、鍼灸治療が適用できる. スポーツ傷害の鍼灸治療では、鎮痛作用、筋緊張の緩和、血流の改善、組織修復の促進が期待できる. スポーツ傷害の予防を目的としたコンディショニングに影響を与える因子は、筋疲労と筋痛がある. 筋疲労への円皮鍼の効果が評価されており、運動負荷の前中後の鍼刺激は、筋力低下の抑制や筋力発揮時間の減少を抑制し、自覚的疲労を抑制する効果が示されている. 圧痛点への刺鍼により、筋痛の最大値の減少、緩和促進、筋痛の予防が示唆されている. 鍼灸治療は、スポーツ選手の内科的愁訴や不定愁訴に対して、治療方法が確立している. 選手によるセルフコンディショニングが重要であり、東洋医学を理解させることが重要となる. 治療者は、鍼灸の効果やリスクを正しく理解し、選手とのコミュニケーションを通じて、選手が最高のパフォーマンスを発揮できるよう、鍼灸の適用範囲を拡大する必要性を示した.
キーワード スポーツ傷害, 過用症候群, 筋疲労, 筋痛, コンディショニング, 東洋医学, 鍼灸治療
1.はじめに
スポーツ傷害は、スポーツ外傷とスポーツ障害に分かれる.スポーツ外傷は、急に大きな外力が骨関節にかかった場合に発生する急性外傷で、骨折、脱臼、打撲、捻挫、靭帯損傷等があり、命にかかわる場合もある.スポーツ障害は、繰り返す過度のストレスが骨関節を傷害する慢性外傷であり、過用症候群やオーバーユース障害等により発生する. スポーツ外傷には、柔道、スキー、ラグビー、野球等による肩関節の障害として、肩関節脱臼、肩鎖関節脱臼等がある.球技や、ボクシング等による手指の障害として、突き指、母指CM 関節脱臼骨折、環指・小指中手骨頸部骨折がある.サッカーや陸上競技等では、骨盤や股関節から大腿の障害として、上・下前腸骨棘剥離骨折、肉離れがある.柔道、バレーボール、スキー、ラグビー、サッカー、水泳等による膝関節から下腿の障害として、前十字靭帯や内側側副靭帯の損傷、下腿骨骨折等を生ずる.サッカー、テニス、剣道、バドミントン、バレーボール等では、足関節から足部の障害として、アキレス腱断裂、足関節捻挫、第5中足骨基部骨折等がある. スポーツ障害では、肘の障害として、投球動作における内側上顆炎、内側靭帯損傷、離断性骨軟骨炎、骨棘形成等がある.テニスにおける、テニス肘である上腕骨外側上顆炎が典型的であるが、ゴルフ等でも起こるゴルフ肘等による上腕骨内側上顆炎がある.肩の障害としては、投球投擲動作や水泳でおこる野球肩や水泳肩は、腱板炎、上腕二頭筋腱炎、滑液包炎等がある.膝の障害としては、ランニングにおけるランナー膝として、腸脛靭帯炎、鷲足炎、オズグット病、滑膜ヒダ症候群、膝蓋軟骨軟化症、離断性骨軟骨炎、脛骨疲労骨折等がある.跳躍におけるジャンパー膝として、膝蓋靭帯炎等がある. 足関節や足部の障害としては、ランニングにおけるアキレス腱炎、脛骨筋腱炎、腓骨筋腱炎、足底筋腱炎、有痛性外脛骨、踵骨棘、中足骨疲労骨折等がある.また跳躍においては、アキレス腱炎、脛骨筋腱炎、腓骨筋腱炎、踵骨痛、中足骨痛等がある.その他、腰椎分離症、膝半月板損傷、シンスプリントと呼ばれる脛骨過労性骨膜炎等もある[1]. 本論文では、スポーツ傷害の原因、西洋医学的治療、東洋医学的治療、スポーツ傷害を防止するコンディショニングについて説明する.なかでも、過用症候群やオーバーユースでは、西洋医学の治療法が湿布等に限定されるのに対して、東洋医学的治療である鍼灸治療は、過用症候群やオーバーユースに適用可能であり、近年注目が集まっている.
2.スポーツ傷害の発生要因
スポーツ傷害の疫学についての調査は少なく、治療院に来た人の内訳等はあるが、全国民を対象とした調査はない.一方で、スポーツ安全協会が実施しているスポーツ安全保険の加入者の調査結果がある[2].
全傷害をカバーしているわけではないが、サンプル数が多く信頼性が高い.傷害件数の多い部位では、手指(20%)、足関節(16%)、膝(10%)が多い.外傷の種類では、捻挫(38%)、骨折(29%)、挫傷(14%)が多くなっている.一方で、スポーツに限ると怪我は荷重がかかりやすい足関節が多いという報告もある.
スポーツの種目特性について、どの種目が起こりやすいか調査されている.種目は、大きくコンタクトスポーツとノンコンタクトスポーツの2つに分けられる.コンタクトスポーツの中では、ラグビー等は、ぶつかり合い等があり、傷害が起こりやすい.コンタクトスポーツの中でも、コリジョンスポーツと呼ばれる、柔道、ボクシング、格闘技、レスリング等において、より傷害が起こりやすい.逆に、テニスや水泳等のノンコンタクトスポーツは、怪我の発生率が低く、傷害の種類も異なる.
また、治療後に求められる状態も異なる.ラグビーの選手の場合は、試合に出ることができればよいが、陸上選手の場合は、記録を重視するために、コンディションを最高にする必要があり、治療法も異なる.
2.1 スポーツ傷害の内的要因
スポーツ傷害の発生要因には、内的要因と外的要因がある.内的要因には、技術、身体的要素、既存疾患の影響がある.
2.1.1 技術
スポーツ傷害を引き起こす技術的要因としては、技術不足とフォーム不良に分けられる.
柔道やラグビー等の場合は、技術不足が重大な事故を招く.また、野球の投球フォーム等、不良なフォームにより、余分なストレスが継続的にかかることにより、スポーツ障害を発症する.特に、適切なフォームという観点が、治療者と患者では異なることに注意が必要である.治療者側は怪我をしないフォームを良しとするが、選手は高パフォーマンスが得られるフォームを重視する.
>2.1.2 身体的要素
身体的要素には、年齢、身長、体重、競技歴、ポジション、性別、筋力、アライメント、柔軟性が含まれる.特に、アライメントが重要で、側弯・生理的前弯・後弯等の脊椎アライメント、キャリイングアングル等の上肢アライメント、大腿脛骨角(FTA)・Qアングル・レッグヒールアライメント・偏平足・ハイアーチ等の下肢アライメントについて、検査を行う.これらの、アライメントを調べると、怪我の要因が明らかになる.
身体の柔軟性が重要となるが、体が硬くてもパフォーマンスを出せる人もいる.注意が必要なのは、ベット上の静的な体の硬さと、プレイ中の動作時の体の硬さに違いがあることである.静的な体の硬さは、タイトネステスト等で調べる.例えば、腸腰筋では、足を抱えて反対足が浮く高さを計測する.動作時の体の硬さは静止時とは状況が異なるため、タイトネステストにとらわれるのはよくないが、基礎的なデータという意味では静止時の体の硬さも重要となる.一方で、青少年時の成長期には、骨の伸びに筋肉の成長がついていけなくなる問題も発生する.この場合も、タイトネステストをすると、パフォーマンスの低下を定量化できる.
関節の柔らかさについては、関節弛緩性テスト(Joint Taxity Test)がある.関節弛緩性テストには、膝を伸ばして前屈できるか、背中の後ろに手を組めるかというチェック項目がある.7項目中4項目該当すると陽性となる.前腕の過伸展を見ることでも確認できる.関節の怪我の場合、可動域の確認をするが、怪我が原因で関節が緩んでいるかを確認できる.
スポーツ傷害の裏には様々な要因が隠れており、スポーツ傷害を起こしやすい人がいる.例えば、下肢アライメントに問題があることが多く、レッグヒールアライメントで回外足かつ偏平足等の場合は、ジャンパー膝等の問題を起こしやすくなる.
以上に示したように、スポーツ傷害を予防するには、事前にアライメントや柔軟性を把握する必要がある.
2.1.3 既存疾患
既存の疾患の問題もある.膝を怪我すると足首が痛くなる等といった傷害が起こる.肉離れをすると、その後にも同じところを肉離れをすることがある.同じところを怪我する過程には次に示す背景がある.スポーツ選手は、例えば2週間じっと安静にはできず、不完全な状態で復帰してしまう.そのために、十分な筋力が出せずに、その結果として、同じ部位を損傷してしまう.
同一部位の再受傷は、既存疾患の不完全な治癒によりスポーツへの対応力が低下し、同一部位への過剰な負荷がかかり、同一部位で再受傷するという流れとなる.一方で、既存疾患は、新規部位の受傷につながる場合もある.流れとしては、スポーツへの対応力が低下し、幹部を保護しながらのプレーを行うことで他部位への過剰な負荷がかかり、新規部位の受傷となる.
何か一つの怪我が原因で違う部位の怪我を誘引するといった再受傷の原因は、関節の動きが変わったり、関節からの情報がフィードバックされなくなる等が考えられる.
従って、痛みが取れたために即復帰するのではなく、筋力や関節の可動性等スポーツに関わる身体的機能を充分に回復させたうえで、試合等スポーツに復帰させる必要がある.
また、治療に当たっては、患部のみに施術が集中しないようにするとともに、様々な部位が傷害の原因に関連することを考慮する必要がある.
2.2 スポーツ傷害の外的要因
スポーツ傷害の外的要因には用具や環境がある.不適切な用具の使用としては、テニスではガットの不適切なテンション等があり、野球ではバットが重すぎる等がある.
不適切な環境下での練習や試合等も外的要因となる.不適切な環境下とは、例えば、硬い路面、暑熱環境、関連環境等がある.
3. スポーツ傷害の治療
3.1 治療方針の選択
スポーツ傷害に対する治療方針の選択には、次の4点を考慮する必要がある.スポーツレベル、スポーツ種目、人生設計、治療のタイミングが重要となっており、全てを考慮して治療方針を決定する.治療方針の決定では、東洋医学的治療においても、鍼灸師だけでなく、医師やトレーナー等、様々な人を巻き込んだチーム医療が望ましい.
スポーツレベルとして考慮すべき点は、プロとして生計を立てているである。別途収入源があるかが、治療方針を検討する上で重要となる.プロの場合は、選手生命が絶たれると収入の道が絶たれてしまい、治療が継続できなくなる.
スポーツの種目では、コンタクトかノンコンタクトかで治療方針が異なる.人生設計では、青年と、老人とでは治療方針が異なる.治療のタイミングでは、時間がかかっても完全に治すのか、最後の試合なので1週間で治すという考え方もあり、治療方針は自ずと異なってくる.特殊な例としては、2年後のオリンピックに出たいという場合もある.
以上のような種々の選択肢を考慮して、治療方針を決定する必要がある.
3.2 プロスポーツ選手の治療
プロスポーツ選手の治療は、一般人とは医療のレベルが異なる.一般人の到達レベルは、メディカルリハビリテーションの領域となる.一方で、プロスポーツ選手の場合は、一般人の到達レベルを満足するためにメディカルリハビリテーションをしたうえで、スポーツ選手の到達レベを満足する必要があり、アスレチックリハビリテーションを実施する.ここで、日常生活動作は完全に満足されるレベルとなる.最終的には、受傷前のパフォーマンスに到達するために、リコンディショニングを実施する.
スポーツ選手に求められるレベルを目指すには、体へのダメージはできるだけ小さいほうがよく、例えば、保存療法といった最小の侵襲で、最大の機能獲得が得られる方法を選択する.同じ結果が得られるなら、保存療法がよいが、再受傷や重篤な傷害を招く可能性があるなら手術療法を選択する場合がある.また、選手が保存療法に抵抗する場合にも、手術療法が選択されることがある.
4. スポーツ傷害に対する鍼灸治療
4.1 鍼灸治療の目的
鍼灸治療の目的には、鎮痛作用、筋緊張の緩和、血流の改善、組織修復の促進がある.この場合、主に痛みに対する治療になるが、海外では内科的疾患に対する治療が多く、日本のように痛みに対する鍼灸治療の報告は少ないため、報告数は少なくなっている.
鎮痛作用では、組織損傷による侵害受容性疼痛を抑制することで、慢性的な痛みを抑制する.筋緊張の緩和では、痛みを取り、痛みによる筋肉の過緊張を抑制することで、障害の原因となっている筋緊張を抑制する.血流の改善では、刺激部位や周囲の血流を増加することで、発痛物質の除去を促進する.組織修復では、損傷部位の修復を促進する.刺鍼すると局所での炎症系への働きかけが変わり、修復が早くなることが示されている.
アンケート調査による鍼灸治療の実態調査も行われている.対象は、高校生のスポーツ選手、高校野球選手、長距離陸上競技者、茨城県国体代表選手、スポーツマッサージおよび鍼灸治療対象者、バレーボール選手、茨城大学におけるスポーツ傷害対象者、大学スポーツ選手等である[3].
鍼灸治療の効果の臨床研究も進んでおり、脛骨過労性骨膜炎(シンスプリント)では、疼痛の緩和や組織血流量の増加が認められた[4].スポーツ選手の腰痛では、指床間距離や下肢伸展挙上テストの改善が認められた[5].膝蓋腱炎(ジャンパー膝)では、評価スコアが改善した[6].スポーツ選手の足関節捻挫では、圧痛、腫脹、熱感、歩行障害、疼痛、練習状態で有意な改善があった[7].マラソン後に発生する下肢の筋痛でも、88%に改善の効果があった[8].
4.2 鍼灸治療方法
スポーツ傷害に対する鍼灸治療方法は、豪鍼、鍼通電、円皮鍼、灸などがある.
豪鍼は、スポーツ障害の治療全般に使用される.太さと長さは部位により注意深く選択する必要がある.これは、太い鍼により腱が障害されることがあるためで、腱に対しては細い針を使用する必要がある.一方で、殿筋には、太く長い針を用いる.
鍼通電は、痛みが強い場合、筋緊張が強い場合、リラックスさせたい場合に使用する.周波数は2~5Hzで、部位により50~100Hzを使用する.デメリットとしては、刺激が過剰となり、筋肉に違和感や倦怠感を残すことがあり、注意が必要である.
円皮鍼は、持続効果やプレー中の効果を狙う場合に用いる.主に、0.9~1.2㎜の円皮鍼を使用する.常時使用できるので、一過性の豪鍼より効果が高い場合がある.フィギュアスケートの羽生選手も呼吸器が弱く、円皮鍼を首に貼附していた.
温筒灸は、関節周囲の筋緊張が強い場合に用いる.冷えを伴う症状にも効果的で、女性のシンスプリント患者等にも用いられる.
4.2.1 前十字靭帯損傷に対する鍼灸治療
膝が内側に入ると、前十字靭帯(ACL: Anterior Cruciate Ligament)が損傷する.前十字靭帯の特徴として、靭帯が関節包の中にあるので、出血が起こり、免疫反応により靭帯が縮んで接続できなくなる.
損傷には、非接触型損傷と接触型損傷がある.非接触型損傷では、膝伸展位付近で大腿四頭筋が強く収縮した際や急な方向転換やストップ動作で膝関節が内側に入り、下腿が外旋されたとき(knee in toe out)に、受傷する.
接触型損傷ではタックル、ブロック、のしかかられる等の回旋、内・外反といった外力を受けて損傷する.
前十字靭帯の場合は、時間経過に伴い、治療法を適切に選択する必要がある.前十字靭帯断裂が疑われる急性期の場合には、鍼灸治療の適応とならず、西洋医学の治療を優先する.西洋医学の治療では、半腱様筋を使用して、靭帯を再建する方法が用いられる.急性期が終わり、鍼灸治療を行う際は、リハビリテーションと併用して、円滑なトレーニングの補助なるように実施する.
鍼灸治療の目的は、鎮痛や筋緊張の緩和、組織修復の促進、循環の改善等である.治療方法は、大腿部や下腿部の筋に置鍼、鍼通電(低頻度:1~3Hz)、円皮鍼等を実施する.
靭帯再建術後は、膝関節の腫脹が強いために、関節周囲へ施術する際は、注意が必要となる.
4.2.2 足関節捻挫に対する鍼灸治療
足関節外側の支持靭帯は、前距腓靭帯(ATFL: Anterior talofibular ligament)、踵腓靭帯 (CFL: Calcaneofibular ligament)、後距腓靭帯 (PTEL: Posterior talofibular ligament) がある.特に、前距腓靭帯の損傷が起きやすい.靭帯の損傷は、底屈+内転+踵骨回外による内反(内がえし)により、関節包や足関節外側の靭帯が損傷される.
治療では、保存療法が第一選択となる.前距腓靭帯と踵腓靭帯と後距腓靭帯のすべてが損傷した場合や、不安定性が強い場合には、手術療法を考慮する.
鍼灸治療の目的は、鎮痛や筋緊張の緩和、組織修復の促進、循環の改善等である.治療方法は、置鍼、鍼通電(低頻度:1~3Hz)、円皮鍼、温灸を併用する.施術部位は、前距腓靭帯への刺鍼や温灸である.腫脹が強い場合やギブス固定中は、前脛骨筋、腓骨筋、腓腹筋に対して実施する.ブレース装着以降は、局所に対して治療を行う.
鍼灸治療の注意点は、できるだけ、鍼だけではない方法を検討すべきで、鍼灸治療と併用して、可動域の改善と筋力強化を行い、不安定性を残さないことが重要となる[9].
4.2.3 上腕骨外側上顆炎に対する鍼灸治療
上腕骨外側上顆炎(テニス肘)は、テニスプレイヤーだけでなく、主婦等にも多発している.上腕骨外側上顆に付着する短撓側手根伸筋は、主婦等が重いものを持つときにも収縮するためである.付着部は、筋肉が腱となり、固化して骨に付着している.主婦等の場合、老化により、腱がもろくなって、虫くい状態になり発症する.
治療では、保存療法が第一選択となる.鍼灸治療の目的は、鎮痛や筋緊張の緩和、組織修復の促進、循環の改善等である.治療方法は、置鍼、鍼通電(低頻度:1~3Hz)、円皮鍼、温灸を実施する.施術部位は、病態の局所である上腕骨外側上顆部と短橈骨手根伸筋が中心となる.
鍼灸治療の注意点は、上腕骨の起始部はデリケートなので、太い針では悪化する場合がある.上腕骨外側上顆の短撓側手根伸筋起始部は、鍼による二次損傷を起こす可能性があるので注意が必要となる.細い鍼で、刺激は少なめにする.また、橈骨頭の関節に近接しているので、関節に鍼が入らないように注意する.短橈骨手根伸筋に鍼が入っているかを患者の中指を動かして確認したのち、鍼通電を実施する.鍼灸治療と併用して、短撓側手根伸筋を含む手関節伸筋群のストレッチや筋力トレーニングが効果的である.
テニス肘に対する鍼通電の効果のエビデンスが明らかとなっている[10].テニス肘に対して陽陵泉を用いた治療が実施され、効果が確認されている.手三里や陽池に対しても報告がある.鍼灸治療の場合、短期効果の報告はあるが、長期効果に対しては報告が少ない.
4.2.4 脛骨過労性骨膜炎に対する鍼灸治療
脛骨過労性骨膜炎(シンスプリント)は、足首の内側が痛くなる高校生の女性に多い疾患で、原因は使い過ぎ等による.治療では、保存療法が第一選択となり、症状が軽いため、手術等は一般的に行われていない.
鍼灸治療の目的は、鎮痛や筋緊張の緩和、組織修復の促進、循環の改善等である.治療方法は、置鍼、鍼通電(低頻度:1~3Hz)、円皮鍼、温灸を実施する.施術部位は、疼痛が脛骨内側縁の骨膜にある場合は、刺鍼する際に鍼を骨膜に沿わせるように行う.脛骨過労性骨膜炎なので、三陰交や漏谷に疼痛が発生する場合がある.骨膜が痛い場合には、鍼を骨膜に水平に刺入する.脛骨内側縁の後方筋群に疼痛がある場合には、それらの筋に対して施術を行う.冷えがある場合は、血流が悪いので、温灸を積極的に取り入れる.痛い部分を挟んで電気鍼を実施する場合もある.
疼痛が強い場合に骨膜に直接鍼先部を当てると疼痛が増強する可能性があるため注意が必要となる.鍼灸治療と併用して、長趾屈筋、後脛骨筋、下腿三頭筋のストレッチとそれらの筋トレーニングが効果的である.
4.2.5 肉離れに対する鍼灸治療
肉離れは、ハムストリングスや腓腹筋等で生じる.打撲等の直接外力による筋打撲傷とは異なり、拮抗筋等の自らの筋の力または外力によって、抵抗下に筋が過伸展されて発症する.筋肉は、筋繊維と腱が斜めについており、羽状筋となっている.肉離れの原因は、筋肉が切れるのではなく、筋腱移行部が損傷する.筋繊維内の結合力は、筋収縮時は筋弛緩時より強くなるため、筋腱移行部の結合力を上回る.筋腱移行部の強度を超える力が働くと、筋腱移行部で損傷する.
ウサギの筋の実験では、損傷部に赤血球が集まり、急性の炎症が発生する[9].免疫系の細胞により24時間後に損傷部位の周囲が壊れる.3日程度で筋繊維の修復が開始され、10日程度で筋細胞が再生されて、筋力が元に戻る.ネズミの坐骨神経を損傷した場合は、鍼刺激を加えると回復が早くなるという実験結果が得られている.
治療では、保存療法が第一選択となる.鍼灸治療の目的は、鎮痛や筋緊張の緩和、組織修復の促進、循環の改善等である.治療方法は、置鍼、鍼通電(低頻度:1~3Hz)、円皮鍼、温灸を実施する.施術部位は、傷害筋やその協働筋、および拮抗筋に対して施術する.肉離れの局所部位に対する鍼灸治療は、急性期の症状が治まってから行う.
急性期には骨化性筋炎を誘発する可能性があるので、筋収縮を伴う鍼通電を実施する場合は注意が必要である.損傷の場所を外して、筋の起始部や停止部に置鍼を実施する.走れるようになってから、筋自体に鍼通電等を実施する.
治療は段階的に実施し、急性期にはRICE (Rest/安静, Ice/アイシング, Compression/圧迫, Elevation/挙上)処置を優先し、損傷場所を外して、周囲や損傷筋の起始・停止部へ刺鍼する.自発痛が消失する1~2週間後には、ADL(日常生活動作:Activities of Daily Living)に向け、損傷筋に対して低周波鍼通電を実施する.運動時痛が消失する3~4週間後には、アスレチックリハビリテーションを実施し、伸展制限や不安感がある場合には運動鍼を実施する.ストレッチを実施する時に、再度切断の不安がある場合は、心配な角度でとどめて、鍼通電をすると元の状態までストレッチできるようになる.鍼通電後に必要な角度でストレッチを実施する.ストレッチ痛が消失する5週間後には、スポーツ復帰が可能となるが、再受傷予防のために、患部だけでなく全身的な治療を実施すると効果的である.
4.2.6 症例別治療方針
症例別に治療方針の報告例を示す[9].
症例1 22歳女性、プロバレーボール選手.試合中にアタックを打って着地した際に膝が内部に入って転倒した.直後から脱力感があり、しばらくすると痛みが出てきて立ち上がることができなくなった.前十字靭帯が切れていた.年齢が若いので、外科的治療をして、元の状態に戻す方法を選択した.
症例2 18歳男性、ラグビー部で高校3年.練習中に味方選手の足を踏み、足を内側に捻った.その日は、痛みを我慢してプレーが可能であったが、翌日になって腫れが強くなり、全体重をかけて歩くことが困難となった.3日後に高校生後の試合を控えており、この試合に出れれば、それ以降はラグビーを実施するつもりはない.3日後の試合を乗り切れればよという観点で、即効性のある治療を実施した.
症例3 11歳男性、小学校で野球のピッチャー.3か月くらい前から、野球の練習後に肘の内側に痛みが出るようになった.最初は数日すると痛みは治まっていたが、2週間くらい前から、ボールを投げる時も痛みが出るようになり、最近では日常生活でも痛みが出ることがある.小学校の時に痛みが出るというのは、病態としては進んでいる.治療よりも、ボールを投げることをやめる必要があった.当初は痛みが内側だが、その後外側となり、肘の状態が終末を迎えることがある.少年野球では、診察結果の提示も要求されており、野球を一旦中止して、治療に専念する必要があった.
症例4 26歳男性、J2所属選手.高校時代から腰痛を自覚していた.痛みが腰部から殿部にあり、疲労がたまると重い痛みが強くなり、時々右足の裏にピリピリとした痺れが出る.今シーズンからチームのキャプテンを任されるようになった.手術しないで、保存療法を実施したいという希望があったが、鍼灸では効果が限定的であった.一方で、メンタル面でのケアも必要であった.
5. スポーツ傷害の予防
スポーツ傷害では、受傷してから治療するのではなく、受傷しないように予防が重要となる.整形外科等でのリハビリでは、Knee in toe outが原因と分かっているので、不良なフォームや不適切な道具に対して、アプローチすることがある.スポーツ傷害を治療する際の注意点は、症状だけ見て治療するのではなく、症状の原因を明らかにするとともに、原因を排除する必要がある.
スポーツ傷害の予防には、スポーツ選手のコンディショニングを日々確認することが必要で、特に選手のセルフコンディショニングの教育が重要となる.
5.1 コンディショニングの概要
5.1.1 コンディショニングの目的
コンディショニングの定義は、パフォーマンスの発揮に必要なすべての要因をある目的に向かって望ましい状態に整えること、とされている[11].
コンディショニングの目的は、怪我の治療、パフォーマンスの向上、筋疲労や緊張の抑制、再発の予防等がある.
怪我の治療では、スポーツで起こった怪我の治療や再発の予防が実施されている.捻挫、靭帯損傷、手術後のリハビリテーションの補助、および使い過ぎによて起こった怪我の治療が行われる.
パフォーマンスの向上では、最良のパフォーマンスを発揮することを目的として、筋肉の張りや緊張感の除去、風邪や胃腸の症状やストレス、不眠等の治療が行われる.筋の疲労を抑え、筋のパワーを向上する.また、運動後の筋肉痛を抑えたり、身体の柔軟性を向上させるなどが行われる.パフォーマンスへの鍼灸の効果は、戦前から研究されており、鍼灸と按摩・マッサージの研究者が渡米している.また、100メートル走の選手に鍼灸治療を実施して、パフォーマンスについて評価する研究が実施されている.
筋疲労や緊張の抑制により、パフォーマンスが向上する報告がある.また、不定愁訴等を抑えることができればストレス等にも効果がある.
コンディショニングは、コンディションを整えることを意味する.コンディションとは、ある一時期においてアスリートのパフォーマンスに影響を与えるすべての要因、と定義されている.コンディションの因子は、メンタル(精神)、メディカル(疾病やケガ)、フィジカル(体力)、スケジュール、外部環境、戦術、スキル、日ごろの体調等がある.
理想的なコンディションは、心技体のバランスを整えたうえで、高いレベルに保つ必要がある.やみくもに技術と体力を鍛えても、精神面が不十分であると、結果は出ない.一方で、気持ちばかりでは、結果は出ない.一流選手は、メンタルが非常に強い.プレッシャーがかかった時に強く、チャンスが回ってくると絶対に結果を出せる人がプロの選手となる.
5.1.2 コンディショニングのプロセス
コンディショニングでは、ピークパフォーマンスの発揮に必要なすべての要因を目的に向かって望ましい状態に整える.試合に向けたコンディショニングでは、スケジュール等を調整して、試合時にベストな状態となるようなコンディショニングが重要となる.
良いコンディショニングでは、トレーニング強度が適切で、休養や栄養がしっかりとれており、試合までの計画が立てられていて、気持ちが充実し、怪我をしていない等となる.一方で、悪いコンディショニングの場合は、トレーニング強度が強すぎたり、休養が取れていない、計画的にトレーニングができていない、気持ちが折れている、体のどこかに痛みや不安感がある等となり、結果を出しにくい.特に、優勝した結果、燃え尽きてしまう場合もあるため、連覇は価値があり、難しい.また、不安感は、コンディション悪化の大きなウエイトを占める.この不安感を拭うために、オーバートレーニング症候群があり、トレーニング過剰状態となる場合がある.
良いコンディショニングを行うには、コンディショニングのプロセスを理解する必要がある.プロセスとしては、PDCAを実施する.計画(Plan)では、現在のコンディションと目標とするコンディションを把握して、計画を立てる.実行(Do)では、計画に沿ってコンディショニングを実行し、各要素を記録する.評価(Check)では、メディカルチェックや身体測定を実施する.コンディション変化の解析や計画通りに行われているかを確認する.改善(Action)では、計画通りの結果が出ていない場合には、実施内容等について調整する.
これらのPDCAを実施することで、より良いコンディショニングの方法を探索する.コンディションの評価を行って、それぞれの個人に合った方法を選択し、個人のパフォーマンスが良くなると、チームとしてベストパフォーマンスが発揮でき、チームの勝利に結びつく.結果を基に、次も勝つために、新たなコンディショニング計画を立てるというプロセスとなる.
5.2 ココンディショニングと鍼灸治療
5.2.1 筋疲労に対する鍼灸の効果
コンディションに影響を与える因子は、筋疲労と遅発性筋痛等の筋痛がある.筋疲労は、最大筋力や最大パワーが低下する現象で、一定の筋力やパワーを継続性して発揮できなくなる現象を指す.遅発性筋痛(DOMS:Delayed Onset Muscle Soreness)は、スポーツ活動や不慣れな運動を行った後、1~2日遅れて自覚する筋肉の痛みを指す.
鍼灸の効果を検討するために、ウサギの前脛骨筋に30Hzの電気刺激を与えて強縮を起こし、筋疲労を誘発して、緊張力の回復に及ぼす置鍼の効果について報告されている[12].負荷前の収縮力を100%すると、負荷15分後には収縮力が30%くらいまで低下し、刺鍼しない場合には1時間後でも収縮力が回復しない.一方、刺鍼すると、徐々に回復して、60分後には50%まで回復した.本機序は現在のところ不明とされている.
人を対象とした鍼灸の効果も報告されている[13].上腕屈筋群への等張性運動による負荷をオールアウトまで実施した後に、円皮鍼を第5頸椎に実施して、もう一度オールアウトまで実施した後に、休息を挟んで筋力の評価を2回実施した.その結果、シャム鍼の場合は筋力が45%まで低下したが、円皮鍼を貼附すると筋力低下が35%程度に抑制された.
5.2.2 遅発性筋痛に対する鍼灸の効果
遅発性筋痛は、運動後72時間がピークとなり、そこから痛みが減少するが、1週間程度痛みが残る.加齢により、ピークが1~2日遅くなり、遅発性筋痛の低下にも時間がかかる.
バーベルをゆっくり降ろすことにより上腕二頭筋に遅発性筋痛を誘発して、圧痛点と非圧痛点に対して鍼刺激を行い、肘関節屈曲時の痛みに及ぼす効果が報告されている[14].コントロール群(無実施)では、実施直後から4.3程度の痛みが発生し、1日後に最大5.4になり、3日後でも2.4存在した.7日後には0となった.一方で、非圧痛点への刺鍼では、施術後に一時的に痛みは1.7まで下がったが、1日後にはコントロール群と同様の数値になった.圧痛点への刺鍼の場合は、いったん施術後に0.6まで下がった.1日後に3.0まで増大するが、コントロール群に対して最大値が減少するとともに、痛みの緩和も早くなることが実験的示された.これらの検討により、筋痛が発生すると思われる場合には、あらかじめ圧痛点に鍼をしておくと筋痛の予防に効果があることが分かった.
筋疲労では、運動負荷前、中、後の鍼刺激は、筋力発揮低下の抑制や筋力発揮時間の減少を抑制し、自覚的疲労を抑制する効果がある.また、遅発性筋痛に対しては、鍼施術を行うと、数日後に最も強くなる自覚的な筋痛のピークが抑えられ、痛みを早期に消退させる効果があることが示されている[15].
5.2.3 蓄積される筋疲労に対する鍼灸の効果
蓄積される筋疲労に対する、運動前の鍼通電刺激の効果が報告されている[9].20~24歳の健常成人男性6名に対して、自転車エルゴメータを用いて75%VO2maxにて20分間定常負荷を与えて筋疲労を発生させ、5日間繰り返して実施した.評価項目は、代謝指標として血中乳酸濃度(グルタチオン)、酸化ストレス指標として血漿過酸化脂質濃度(脂質が酸化した物質の濃度)、疲労感の指標として疲労感のVAS(Visual Analogue Scale)を測定し、鍼通電の有無による効果を比較した.酸化ストレスは、運動すると酸素摂取量が多くなり、活性酸素となり、体を傷つけることが知られている.
鍼通電は、2Hzで筋収縮が目視できる状態で10分間実施した.刺激部位は、内側広筋遠位部(血海付近)と筋腹部(箕門付近)の左右計4か所とした.
運動負荷を与えると、一過性に血漿過酸化脂質濃度が増加するが、1日後には低下する.継続的に実施すると、コントロール群(無実施)では、最低点は僅かに増加した.鍼通電を実施した場合、最低点の増加が認められず、過酸化脂質の蓄積が少なくなることが示された.自覚的疲労感のVASは、鍼通電を実施していない場合には疲労が蓄積したが、鍼通電を実施すると1日後に回復した.筋痛も鍼通電群が低下したが、最大酸素摂取量に違いはなかった.これから、運動前に鍼通電すると、トレーニング効率が増大する結果が示された.試合が継続して実施される場合に有効と考えられる.
5.2.4 鍼灸治療の有害事例
コンディショニングを目的に、鍼治療を行う場合に逆効果になることがないか調べるために、鍼通電刺激による筋疲労とパフォーマンスの関係が報告されている[9].
前腕の屈筋と伸筋に鍼通電を実施後、握力を測定して握力の低下率を求めた.鍼通電の直前と直後を比べると、2Hzの場合は変化がないが強縮を生ずる30Hzの場合は握力が低下しており、筋疲労を起こしていることが分かった.疲労感については、2Hzではコントロール群と違いがないが、30Hzでは疲労感が強く、最終測定後に最大の筋疲労があった.
30Hzでは筋肉が強縮しており、筋疲労を助長した.これから、30Hzの鍼通電刺激はスポーツ前には実施しないほうが良いことがわかる.2Hz程度の鍼通電刺激の場合は、筋緊張を緩和し、リラックスさせるため、筋力は落ちていない.ただし、筋電図を測定した結果、2Hzでも直後は筋電図が変化することが報告されている.
5.2.5 内的因子の影響
コンディショニングに影響を与える内的因子が、症例として報告されている[9].16歳の高校1年生の女性で、陸上部で長距離の選手だが、最近競技成績が伸びない.スタミナ不足を感じるようになり、練習の疲れも取れにくい、めまいや息切れも起こる.既往歴としては、脛骨疲労骨折を起こした.原因には、内科的愁訴が含まれており、運動誘発性貧血(鉄欠乏性貧血)が考えられる.
このように、コンディショニングに影響を及ぼす因子として、スポーツ選手の内科的愁訴や不定愁訴がある.特に、遠征すると、環境の変化、生活時間の変化、プレッシャー等が加わる.他の因子としては、睡眠の時間や質が低下、食欲不振、胃痛、便秘下痢、イライラ、疲労感、頭痛、風邪等がある.スポーツ選手の場合は、ドーピングの問題があり、飲んでよい薬と飲んではいけない薬がある.そこで、薬に頼らない鍼灸治療が効果的となる.鍼灸の場合は、臓腑病だけでなく、経脈病や経筋病の処方ができる.体性内臓反射や内臓体性反射を利用して、内科的愁訴や不定愁訴に対応できる.また、西洋医学に比べて、鍼灸治療では内科的愁訴や不定愁訴に対する治療方法が確立しているので、具体的治療を実施することが可能となる.
5.3 鍼灸を活かしたコンディショニング
5.3.1 東洋医学的診断
上工は未病を治すという難経77難の考え方をスポーツにおける予防の考え方に適用すると、怪我をしてからでは遅いので、未病状態が、病気状態にならないようにすることが重要となる.
例えば投球では、下肢から動き始め、体幹から上肢に力が移動していくが、関節可動域制限、関節不安定性、筋力不足、筋疲労、柔軟性不足等による筋緊張、痛み等があると、下肢の力が十分に出せなくなる.このような場合は、代償により最大値は変わらないため、体幹や上肢のオーバーワークが生じて、そこで傷害が発生する.そこから、痛みなどの症状として出現する前に未病である機能障害を見つけて対処する事が重要となる.痛いところだけに囚われるのではなく、全身を見ることが東洋医学の視点として重要となる.
5.3.2 野球選手への適用
野球の試合は連戦となり、コンディショニングの維持が困難で、生活環境が変化し、体調管理が重要となる.遠征では、食事が普段と異なり、不慣れな環境での試合となり、緊張感やプレッシャーも強い.そこで、その日の疲労をその日のうちにリセットして、翌日戦う身体に仕上げることが重要となる.悪いコンディショニングのスパイラルでは、筋疲労を起こして、疲労を感じ、筋力低下となり、パフォーマンスが低下し、さらに筋疲労が増強するというネガティブなスパイラルが起きる.このスパイラルから脱するために、自覚的筋疲労感を軽減して、パフォーマンスの維持が重要となる.
野球選手の試合時のコンディショニングでの具体的鍼治療例が報告されている[9].
6:30朝食時に選手のコンディション確認
8:20球場到着時に円皮鍼の実施
12:00試合後の円皮鍼の実施
18:00夕食時に選手のコンディション確認20:00ストレッチと鍼の実施
ストレッチやテーピングも含めて、このプログラムを5日間連続して実施した.
投手兼三塁手の症例では、初日から試合前後に鍼施術をして、夜にも鍼施術を実施した.3日目からは、円皮鍼を導入した.4日目には、4連投した選手には、円皮鍼を20ヵ所程度実施した.一番痛いところに最初に円皮鍼を貼り、鍼すると腕が上がる部位に続けて円皮鍼を貼附した.試合前に肩が上がらなかったが、円皮鍼を貼附した.その結果、ピッチャーとして先発完投した.
他の選手も含めて、夜の施術では、疲労や筋疲労の回復、筋痛の予防が実施されている.施術中は選手は寝しまうほどリラックスしており、鍼施術はリラックス効果がある.一度身体的緊張を解き、リラックスすることが疲労回復に重要となる.試合前の円皮鍼は、筋痛の緩和と動きの改善の効果があることや、選手の評価から鍼施術が終わった後のすっきり感があることも報告されている.
5.3.3 テニス選手への適用
1992年バルセロナオリンピックでの日本代表テニスチームの帯同トレーナーとして参加し、選手にコンディショニングの一手法として、鍼施術を応用して体調管理を実施したケースが報告されている[16].第1中足指節関節の捻挫に対して、練習後に患部にアイシングを施す一方、下腿外側の腓骨筋に鍼施術を行い、過度の筋緊張を取って、肩の動きに捻挫の影響を抑制した.
5.3.4 バイクレースへの適用
バイクレース鈴鹿8時間耐久ロードレースの施術の場合は、選手に対して午前中と、試合後に鍼を実施した症例が報告されている[9].選手は、走行直後は心拍数は130程度まで上昇し、外気温が高いため鼓膜温度が38℃まで上昇するため、選手には練習中は鍼施術は実施していない.交代するとアイシングや水分補給する.そこで、練習中は、鍼施術は主にメカニックに対して実施した.
5.3.5 トレーニングへの適用
トレーニング時に怪我をするとトレーニング効率が低下する.コンディショニングによりトレーニング効率を向上して、パフォーマンスを向上し、最終的には意欲の向上に結び付けることが重要となる.VASを評価すると、怪我に対する不安感が一番大きかったが、コンディショニングを導入することで不安感が有意に低下したという報告がある[9].1年間トレーニングに介入した結果、心理的競技能力等についても、介入により改善した.満足度は、個人的レベルではわずかな増加であったが、チームが優秀することにより、チーム全体としての満足感が大きく増加した.
5.4 アスリートの健康管理
高いパフォーマンスを実現するには、アスリートの健康管理体制の構築が重要となる.基本は、選手によるセルフコンディショニングであるセルフケアが重要となる.その上に、コーチ・医師・鍼灸師・柔道整復師・トレーナ・健康管理担当者等によるプライマリーケアや、医師・鍼灸師・柔道整復師・栄養士・心理専門家等の専門家によるセカンダリーケアが重要となる.
選手によるセルフコンディショニングでは、自分の健康は自分で守るという考え方を理解し、そのために必要な知識、技法を身に付け、日常生活の場でそれを積極的に実施させる必要がある.セルフコンディショニングのチェックポイントは、疲労による筋の張りが残っていないか、身体の一部に痛みがないか、身体に柔軟性があるか、食欲があるか、栄養のバランスを考えて食事をしているか、睡眠時間や睡眠の質は十分か、試合までの計画を立てているか、適切な道具を使用しているか等がある.
セルフコンディショニングの方法は、ストレッチ、マッサージ、テーピング、トレーニング、クーリングダウン、アイシング、怪我予防の勉強、食事・睡眠・入浴等がある.特にコンディショニングを選手が他人任せにしないで、選手自らが自分のコンディションを把握して、どう対処したらよいかを考えるように教育することが、スポーツ選手に関わる鍼灸師の重要な仕事となる.
6. 考察
スポーツ傷害に鍼灸治療を適用した多くの事例があり、スポーツ傷害に対して鍼灸治療の有効性が示されている.スポーツ傷害の治療では、保存療法が第一選択になるものが多く、その結果として、鍼灸が幅広く適応でき、スポーツ傷害に対して鍼灸の適応範囲は今後益々広がると思われる.また、スポーツ傷害の予防が極めて重要になっており、受傷してから治療するのではなく、東洋医学を始めとした選手への予防の啓蒙活動が重要となる.
スポーツ傷害を治療する際は、症状だけを見て治療するのではなく、症状の原因を明らかにするとともに、患者の全身状態を見て原因を排除するなど、治療においても東洋医学の考え方を充分に活かす必要がある.その結果、スポーツ傷害治療における鍼灸治療の必然性を示すことが可能となる.
スポーツ選手のコンディショニングでは、選手によるセルフコンディショニングが極めて重要となる.東洋医学では自分自身で養生する事が求められており、東洋医学を基盤とした選手の教育が効果的となる.
一方で、鍼灸師が陥りやすい問題として、鍼灸師が表に出過ぎて、自分のやりたい手技やトレーニング方法に固執するとか、自分の主義主張を必要以上に選手に押し付ける、などの問題がある.鍼灸師が選手に何をしたいのかではなく、選手が何を望むのかを把握して、選手が望むことに対して施術者は何ができるのかを考えることが重要となる.施術者は、裏方としてチームや選手が目標に到達するために最善の方法を考えて実行する必要がある.
そのためには、鍼灸師には、選手とのコミュニケーション能力が重要となる.鍼灸治療の経験則は重要であるが、選手との関係の中で裏付けのある治療を実施する必要がある.選手が最高のパフォーマンスを発揮できるように、鍼灸の効果や使い方、リスクを正しく理解して、選手のコンディショニングに活用しなければならない.また、鍼灸の治療だけでなく、未病や養生の考え方を応用して、予防的アプローチも行い、セルフケア等の選手教育や環境整備にも幅広く対応する必要がある.
鍼灸治療ではプラセボを有効に活用する必要があり、カリスマ性もある程度必要となが、一方で鍼灸師が陥りやすい問題の指摘は切実で、鍼灸師が表に出過ぎて自己の手技やトレーニング方法に固執したり、自己の主義主張を選手に押し付ける等の課題は真摯に受け止める必要がある.
研究ではなく臨床の場なので、選手に何をしたいかではなく、選手が何を望むのか、選手の希望に対して施術者は何ができるのかを考える必要性は明白である.鍼灸の効果やリスクを正しく理解するとともに、選手とのコミュニケーションを通じて、選手が最高のパフォーマンスを発揮できるように、鍼灸の適用範囲を一歩ずつ拡大していく必要がある.
6. むすび
スポーツ傷害の分類は、スポーツ外傷とスポーツ障害に分けられる.スポーツ障害には、オーバーユース障害があり、西洋医学の治療法が限定されているため、鍼灸が重宝されている.スポーツ傷害は手指、膝、足関節が多く、外傷の種類は、捻挫、骨折、挫傷が多い.
スポーツ傷害の発生要因には、内的要因と外的要因がある.内的要因には、技術、身体的要素、既存疾患の影響がある.身体的要素ではアライメントが重要となる.アライメントを調べると、けがの要因が明らかになる.スポーツ傷害の裏には様々な要因が隠れており、スポーツ傷害を起こしやすい人は、下肢アライメントに問題があることが多い.プレイ中の動作時の体の柔軟性も重要となる.治療ではアライメントや柔軟性を把握して事前にスポーツ傷害を予防する必要がある.
再受傷を防止するには、痛みが取れたら即復帰ではなく、筋力や関節の可動性などスポーツに関わる身体的機能を回復させた上で、試合などに復帰させる必要がある.
治療では、患部のみに施術が集中しないように、様々な部位が傷害の原因に関連していることを考慮する必要がある.治療方針の選択には、スポーツレベル、スポーツ種目、人生設計、治療のタイミングを考慮する.プロのスポーツ選手は、一般人とは医療のレベルが異なる.スポーツ選手に求められるレベルを目指すには、体へのダメージはできるだけ小さくして、最小の侵襲で最大の機能獲得が得られる方法を選択する.鍼灸治療により、鎮痛作用、筋緊張の緩和、血流の改善、組織修復の促進が期待できる.
コンディショニングは、怪我の治療、パフォーマンスの向上、筋疲労や鍼緊張を抑えることにある.試合に向けたコンディショニングでは、スケジュールなどを調整して、試合の時にベストな状態となるコンディショニングが重要となる.
良いコンディショニングでは、トレーニング強度が適切、休養や栄養がとれており、試合までの計画が立てられていて、気持ちが充実し、けがをしていないなどが重要となる.コンディションに影響を与える因子は、筋疲労と筋痛がある.上腕屈筋群への等張性運動による筋疲労への円皮鍼の効果を評価した結果、運動負荷の前中後の鍼刺激は、筋力低下の抑制や筋力発揮時間の減少を抑制し、自覚的疲労を抑制する効果が示されている.
上腕二頭筋に遅発性筋痛を誘発した場合は、圧痛点への刺鍼により筋痛の最大値が減少するとともに、緩和も早くなることが実験的に示されている.筋痛が発生する場合には、あらかじめあ痛点に鍼をしておくと筋痛の予防に効果があることも示唆された.
コンディショニングに影響を及ぼす因子として、スポーツ選手の内科的愁訴や不定愁訴もある.鍼灸では内的要因に対する治療方法が確立しており、具体的治療を実施できる.
野球の場合は、チーム全体としての満足感が大きく増加した.一方で、選手によるセルフコンディショニングが重要であり、東洋医学教育の必要性を理解させるとともに、治療者は、鍼灸の効果やリスクを正しく理解するとともに、選手とのコミュニケーションを通じて、選手が最高のパフォーマンスを発揮できるように、鍼灸の適用範囲を一歩ずつ拡大する必要性を示した.
文献
[1] 土肥信之, 東洋療法学校協会編, リハビリテーション医学, 医歯薬出版, 第4版. [2] (財)スポーツ安全協会, スポーツ安全保険加入者の傷害事故調査 [3] 福林徹, スポーツ東洋療法ハンドブック, 医道の日本社. [4] 片山憲史他, 関西臨床スポーツ医・科学研究会誌, vol.1, pp.95-97, 1991. [5] T. Miyamoto et.al., CESU 18th universiade 1995, pp.318-319, 1995. [6] 片山憲史他, 関西臨床スポーツ医・科学研究会誌,vol.3, pp.47-49, 1993. [7] S. Meguriya et.al., CESU 18th universiade 1995, pp.328-329, 1995. [8] 池内隆治他, 関西臨床スポーツ医・科学研究会誌,vol.7, pp.13-15, 1997. [9] 吉田行宏, 明友会研修会, 2015. [10] 川喜田健司他, 鍼灸臨床最新科学, 医歯薬出版, 2014. [11] (財)日本体育協会編, アスレティックトレーナー専門科目テキスト,(財)日本体育協会,1997. [12] 伊藤譲, 全日本鍼灸学会誌, vol.46, pp.326-333, 1994. [13] 古屋英治, 全日本鍼灸学会誌, vol.59, pp.375-383, 2009. [14] K. Itoh et.al., Chin Med, vol.3, No.14, 2008. [15] 片山憲史他, 全日本鍼灸学会雑誌, Vol.64, pp.144-148, 2014. [16] 向野義人, スポーツ鍼灸ハンドブック, 文光堂, 2003.
(平成27 年12月31日受付)
大塚 信之
1985年 東北大学卒業
1987年 東北大学院博士前期課程終了
1997年 博士(東北大学)
1999年 蛍東洋医学研究所設立
2014年 明治東洋医学院専門学校在籍
漢方、鍼灸、気功など、東洋医学に関する研究に従事
所属 Affiliation
蛍東洋医学研究所, 大塚鍼灸院
Hotal Ancient Medicine Research Institute (HARI), Otsuka Clinic
住所 Address
〒560-0033 大阪府豊中市螢池中町3丁目8-14
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