蛍東洋医学論文誌 JHTOM 070101
Vol. 7, No. 1, 2020
0.4M
認知症の早期検知に向けた鍼灸治療
Acupuncture and moxibustion treatment for early detection of dementia
大塚 信之 所属 住所
Nobuyuki Otsuka Affiliation Address
あらまし
認知症の早期検知、進行抑制、予防には、軽度認知障害の早期発見と介入が重要になる. 検査としては、認知機能検査バッテリや、認知症スクリーニング検査、老研式活動能力指標、初期認知症兆候観察リストなどが用いられる. 認知機能が低下しても認知症を発症しないように、認知予備力と脳の予備力を高めることが重要となる. これらの予備力の向上には、対人接触、知的活動、運動が重要となるため、人と接し、運動して、脳のネットワークを増やすことが有効となる. 鍼灸治療では、軽度認知障害を早期に発見するために、診察時に注意障害などを察知すると共に、患者との対話を通じて生きがいや楽しみを継続するとともに、 患者が認知予備力を高く保持し続けて良い人生を送れるように支援する. 治療では、適切な運動ができるような身体機能の実現や、食事を楽しめるように消化吸収機能を向上するといった通常の愁訴に対する治療が重要となる. 認知機能低下時に悪化が指摘されている性ホルモンの維持、睡眠の改善、ストレスの低減など関する治療も認知機能維持の効果が期待される.
キーワード 認知症, 早期検知, 軽度認知障害, 認知予備力, 鍼灸治療, 性ホルモン, 睡眠, 東洋医学, 鍼灸治療
1.はじめに
認知症の課題は、発症すると要介護状態となることがあげられる.そこで、認知症を早期に検知し、進行を抑制して発症を予防することが重要となる.認知症に対しては、78%が不安に感じているが、認知症の予防の取り組みをしているのは28%しかなく、40代で19%、70代で55%程度である.認知症の予防として、生活習慣には74%が興味を持ち、食事には64%が興味を持っていることから注目度は高いと思われる. 小児鍼には、認知症患者が精神的に安定し、問題行動を抑える効果が期待されている[1].認知症などの中枢神経疾患に対する鍼治療の効果は、明確なエビデンスはないものの、鍼治療が脳機能に影響を及ぼすことは確実であり、中枢神経疾患に直接アプローチする認知症治療法の可能性が考えられる. 認知症に至る前に、認知症の前段階である軽度認知障害を検知して、認知機能の低下を防止する必要がある.
2.認知機能について
認知機能は、高次脳機能のことで、主に前頭葉の働きとなる.情報処理、記憶、注意、抑制、言語産出、思考柔軟性、疲れやすさなどの機能がある.ヒトに特有の高次脳機能は、大脳皮質が担う機能で、一般的には猿とは異なることを明確にする機能とされ、言語、記憶、注意、問題解決、推論、コミュニケーション、倫理規範との調整による欲求の抑制などがある.
2.1 認知機能の低下について
認知機能の低下の経過は、アルツハイマー型と脳血管性で異なり、アルツハイマー型は大脳皮質に異常な老化が生じるために連続的に機能障害が進むが、脳血管性は脳の血管障害によって脳組織が破壊されて血管症状が起こった度合いに応じて発症するため段階的に進む.アルツハイマー型は、アミロイドが分解されてアミロイドβタンパクになり、老人斑というアミロイドが沈着するため、アミロイド沈着から認知症の進行を予測することができる.
2.2 軽度認知障害について
認知機能が低下した状態である軽度認知障害(MCI: Mild Cognitive Impairment)は、認知症の前段階で、正常な状態と認知症の中間となる.記憶力や注意力などの認知機能に低下がみられるものの、日常生活に支障をきたすほどではない状態を指す.当初は、SmithやPetersonらが、軽度認知障害の一つである記憶がうまくいかないという自覚がある人の記憶を調べて、同年代の値の標準偏差の1.5倍以上異なる人とした(偏差値35以下)[2].現在は、ストックホルムの国際会議が提唱した、認知機能低下を訴える人のうち、正常ではなく認知症でもない人で、記憶障害があると健忘型MCI(amnestic MCI)とし、認知障害は記憶障害のみの単一領域(Single domain)か、それ以外もある複数領域(Multiple domain)で分類する.一方、記憶障害はないが、何らかの軽度認知障害がある場合は非健忘型MCI(Non-amnestic MCI)とし、同様に単一領域か複数領域かで分類する[3].
中山町研究における軽度認知障害の5年後の転帰では、軽度認知障害となっても40~50%は元に戻り、そのまま認知症になった人は20%程度であった.そこで、認知機能の低下を察知し、軽度認知障害を早期発見して、早期介入することが重要となる.
軽度認知障害を発症する段階の前には、前頭葉障害が起こっていると言われており、特に前頭前野の障害と前頭前野背外側部が障害を起こして、言語、理解、記憶に影響していくと考えられている.帯状回や前頭前野背外側部の機能を測定することで、アルツハイマーによる様々な機能低下を複合的に評価できる.アルツハイマーは、側頭内側の問題といわれてきたが、前頭葉機能が最初に壊れるため、軽度認知障害レベルと前頭葉機能の連動性が高いことが解ってきた.
2.3 軽度認知障害の検出と評価
早期検出には、主にアミロイドPET (Positron Emission Tomography)が用いられる.軽度認知障害になる前にアミロイド沈着が起こるため、アルツハイマー型認知症の人の脳を画像化ができる.ただし、PETは5万円程度と高価であるため、バイオマーカーや行動指標も用いられる.
バイオマーカーでは、脳脊髄液のタウ介在神経障害を調べるためにタウ蛋白を測定する.脳萎縮を測定するには、3D-MRI構造画像も用いられる.3D-MRIは、海馬の容積を検出できるために進行を評価できるが、軽度認知障害の段階では脳萎縮には大きな違いが認められないため、早い段階では感度が低く、用いられないことがある.
行動指標では、集団検診用の認知機能スクリーニング検査として、認知機能検査バッテリ(NU-CAB: Nagoya University Cognitive Assessment Battery)があり、住民健診などで実施する.本検査は、検査項目が信頼性と妥当性を持ち、包括的に脳機能が測定評価でき、実用的妥当性を有し、短時間で実施可能で測定機器が簡単、安価に誰でも実施でき、評価結果が数量化でき、非侵襲性で対象者に負担がないため繰り返し測定できる.
Yakumo-Studyは、北海道八雲町で実施されている縦断的コホート研究で、生活指導、内科、整形外科、泌尿器科、眼科、耳鼻科、心理班が協力して、気軽にできる住民健診を実施している.
認知症スクリーニング検査(MMSE: Mini-Mental State Examination)の構成項目は、見当識、重なり図形描画、論理的記憶、注意、抑制、言語的流暢性などからなる.
見当識は、時間、場所、人物がわからなくなるため、問診表の日付や曜日を記載させる.また、3つの項目を覚えてもらい、100-7の繰り返し計算の後にもう一度さきほどの3項目を確認する遅延再生を行う.30秒間以上たつと短期記憶が抜け落ちるので、近似記憶を評価する.昨日の夕飯は何だったかという質問と同じ機能を評価できる.
健忘失語、視覚失認、失語、失行においては、人の名前(固有名詞)が出ないのは良いが、普通名詞が出ないのは問題となる.例えば、普通名詞のペンは、モノを書くための道具で、様々なものを含んでおり、神経回路のうちいくつか故障しても迂回ルートがいくつかある.そのため、普通名詞は容易には失われない.一方で、固有名詞は特定の神経回路となり、少し壊れると到達できなくなる.従って、普通名詞が出ないのは相当に脳が崩壊している.文章の復唱や口頭指示が可能かも調べる.失書や構成障害は、簡単に認知症を把握できる.
認知症スクリーニング検査は、認知症になる前のスクリーニングを目的としており、認知症の発症初期に実施する.軽度認知障害を先取りするには不十分となるので、健忘型軽度認知障害のスクリーニングには、ウェクスラー記憶検査法(WMS-R)を行う.16歳~74歳までの青年および成人の記憶の主な側面を評価する検査で、記憶障害を測定する臨床的な検査としても使用でき、短期記憶と長期記憶、言語性記憶と非言語性記憶、即時記憶と遅延記憶など、記憶が持つ様々な側面を総合的に測定する.例えば、物語を聞いて、その内容を紙に書いてもらうテストでは、「会社の/食堂で/昨日/交番に来た/料理師/の北川景子さん54歳は、所持金の5万8千円を奪われた」といった文章の中で、「/」でくくられた文字のうち何個正解したかを測定する.40代で16固、80歳代で12個に低下し、5個くらいしか出せないと軽度認知障害となる.ただし、5個でも日常生活には障害はなく、アルツハイマーでは1個程度となる.
言語流暢性検査が対象とする機能を測定することも可能で、言語生成のスピードと量、新しい指示への反応、生成語の維持、認知柔軟性などがある.例えば、新しい指示への反応では、アから始まると言っているのに、しりとりになってしまうとかを確認する.認知柔軟性では、動物の時に十二支や寿司ネタなどで考え出せるかを確認する.
文字流暢性検査では、アから始まる文字を1分間にできるだけたくさん生成させる.80歳代では、1分間で8~9個が正常で、2~3個となると問題がある.
意味流暢性検査は、動物、職業、スポーツ等に対して実施し、動物では30代で15~16個、50~60代で10個くらいになる.
ストループ検査は、最も新しい検査法で、赤の文字を青インクで書いてあると、赤といわないで青といわせるテストとなる.文字を順番に音読していくのが普通で、文字の表記に引っかからないで色を言うという習慣を持っていないので、習慣で立ち上がってくる記憶を抑える抑制機能を判定できる.
老研式活動能力指標や初期認知症兆候観察リスト(OLD: Observation List for early signs of Dementia)などは、ストループ検査と相関がある.老研式活動能力指標では、手段的自立、知的能動性、社会的役割を13項目の質問として、各項目1点の13点満点で、生活の自立を評価する.初期認知症兆候観察リストでは、記憶と忘れっぽさ、語彙と会話内容の繰り返し、会話の組み立て能力と文脈理解、見当識障害と作話や依存などを評価する.
日々の認知症検査では、初期認知症兆候観察リストで発見できる可能性がある.注意障害は5年間ほど推移して記憶障害を発症し、脳の脱髄に至るため、軽度認知障害の早期発見には、記憶障害の前に生じる注意障害の検知も重要となる.
2.4 認知機能低下と認知予備力
認知機能低下では、言語知識のようにレベルが落ちないものがあるが、短期記憶、行動記憶、長期記憶、処理速度などは20代から80代にかけて落ちてきて、新しいことを獲得したり素早くやったりできにくくなり、年齢が高くなるほど認知機能が低下する.高齢者は、じっくり考えることはできるが、速くはできず、個人差も大きくなる.個人差が大きいのは、遺伝的要因だけでなく、環境的要因があり、教育歴や職種、生活様式によって異なる.そこで、認知機能が低下しても認知症を発症しないように、認知の予備力を高めることが重要となる.認知症を発生するまでどの程度の余裕があるかは、認知予備力(Cognitive Reserve)と呼ばれる.認知予備力は、脳機能と認知神経心理学を組み合わせた指標で、医学と心理学の共同領域として、神経科学との領域となる.
認知予備力は、神経ネットワークの量や質として考えられている.教育が高い人や知的職業の人、新しい課題にチャレンジする必要がある人は、脳のネットワークが活発になり、予備力が豊富となる.その結果、脳の損傷や老化が起っても、別なネットワークを使えるため、機能が補償される.そこで、ネットワークが多いほど認知症になりにくく、認知予備力が高くなる.これを高齢者の半球非対称性の減少モデル(HAROLD: Hemi-spheric Asymmetry Reduction in Older Adults)といい、補償機能が高いほど若年者に匹敵する認知機能レベルを保持できる.
脳には、右脳は直観的思考に優れ、左脳は全体論理的思考に優れているが、年齢と共に右脳と左脳の左右差は小さくなる.そこで、右脳と左脳の協力により働きを保てるよう、右脳と左脳を協働させると良く、右だけでなく左も使える人は認知症になりにくいと言われている.
2.5 認知予備力の低下の予防
認知機能検査での点数が高く認知予備力が大きい場合は、機能低下の早期発見が重要となるが、点数が低く認知予備力が小さい場合は、早期に介入して認知予備力の低下を抑制して、認知症の発症を予防する必要がある[4].
認知症の予防には投薬などがある.認知症治療薬を投与しないと、認知機能は急速に低下するが、投薬すると一時的に認知機能低下は抑制される.ただし、一定期間たつと最終的には機能は低下する.投薬を途中で中止すると急激に認知障害が進行するという問題もある.認知機能が低下して、しばらくして治療を始めると、そこをスタート地点として認知機能の低下が抑制されるため、できるだけ早く治療を開始する必要がある.ただし、認知機能の低下に気付いて治療を受けるまでに半年かかり、診断が下るまで9カ月程度かかるため、治療は気付いた時から15カ月後に開始されることになる.60代では、さらに時間がかかり、2~3年かかると言われている.
2.6 認知予備力の向上
認知予備力を大きくする疫学研究では、危険因子は、遺伝、社会的経済的要因、高血圧、喫煙などの生活習慣などがある.予防因子は、高学歴、降圧薬の服用、豊かな対人関係、知的活動などで、脳の機能を維持する[5].脳血管性認知症発症の影響因子は、運動不足、飲酒、喫煙、心疾患、高脂血症、高血圧、肥満などがあり、運動すると共に血流や食べ物を改善する必要がある.アルツハイマー型認知症発症の影響因子には、運動、食生活、余暇、対人接触、知的活動などがある.脳のネットワークを増やすには、人と接し、運動して、食習慣を改善するとともに、知的活動も必要となる.
認知予備力の向上では、認知的アプローチとして、知的活動と対人接触が重要で、神経ネットワークを強化して脳の萎縮を防止する.
運動は、認知機能の制御と連携しているため、運動により前頭葉機能強化が可能となる.神経細胞の脱落抑制だけではなく、脳機能も改善されるため、運動と認知を組み合わせることが重要となる.
知的活動では、文章を読む脳ドリルより、楽器やダンスなどの余暇活動の方が良く、計算や本を読むだけではなく脳を使うことが重要となる.また、対人交流が多いほど認知機能を保持でき、人生の目標を持ち、生き甲斐があると認知症になりにくいため、活動的で外に出て行く人の方が認知機能が高い[6].
認知予備力として、認知的アプローチが行われるが、それだけでなく、生理的には血流としての脳の予備力もある.血流でアミロイドベタータンパク質の蓄積を抑える方法である.現在は、脳の予備力と認知予備力は、同じものと考えられている.脳の予備力では、アルツハイマー型と血管型は同様に考えることができることが解っており、脳と認知の予備力を一緒に改善しようとしている.
脳の予備力では、生理的アプローチとして、運動と食生活が重要となり、アミロイドβ蛋白質の蓄積を抑制する必要がある.食べ物では、魚、オリーブオイル、ナッツ、ワインのポリフェノールなどが良く、運動習慣があるほど良いことが解っている.脳血流が良いほど神経細胞の脱落が起こりにくく、運動している人のほうが前頭葉に関連する部分の脳血流量が増えることが解っている.
2.7 認知予備力向上に向けた具体的取組み
認知予備力を向上するには、日々の活動が必要になる[7].自分な好きなことで良いので、若い頃から、筋や骨や内臓機能などの身体能力を高めるために適度の運動と栄養管理を行うとともに、知的活動や人との関わりの維持が重要となる.コミュニケーションを高めて前頭葉を使い続ける必要がある.前頭葉を鍛えるには、コミュニケーション能力を向上し、相手の気持ちを推し量り、推理する必要がある.それには、話す、聞く、書く、読むだけでなく、他人と話し、自慢をすることも情動情報の認知や推論や記憶の再生に重要となる.自分を肯定し、過ぎたことは受け入れるのも重要となる.コミュニケーションでは、伝える情報が必要で、言葉を適切に話せて理解でき、衝動や情動を統制し、表情などから相手の衝動や情動を推察できる能力が重要となるので、前頭葉の機能が活発になる.
認知機能は、内科系機能や筋運動系機能と相互に連携している.健やかな高齢者になるには、加齢を遅延させるために、前頭葉機能や筋運動系を使い、内科機能を保持することが重要となる.これは、老年期から始めてもよいが、認知予備力向上には中年期から続けることが重要になる.
良い人生を送り、天寿を全うする(Successful Aging)には、疾病や疾病と関連した能力障害の回避、生活への積極的関与、認知機能や身体的機能の維持が重要となる[8].主観的幸福感も重要で、自分自身への満足感が高く、居場所があり、変えられないことへの受容が要求される.健康度の維持、社会経済的地位の確保、家族の存在だけでなく、生きがい感として、生きる喜びや満足、生活の活力や張り合い、心の安らぎや気晴らしが必要となる.そのためには、周囲の人々が過去の話を聞いてあげたり、3年後の未来のことを考えてもらうことも重要となる.これは、頭の領域で過去のことを考える時に活性化される部分と、未来に事を考える時に活性化する部分が同じ場所になるためである.
楽しさ、懐かしさ、感動、感謝などの感情が、幸福感をもたらすドーパミンを分泌する.また、意欲を向上することで、記憶と関係が深い海馬や、認知と関係が深い前頭葉の働きが活性化する.前頭葉の働きを保つには、日記や手紙を書き、好きな本を読み、音楽を聴き、歌を歌い、映画を見たり、体を動かし、適切な睡眠をとり、おしゃべり、旅行、サークルなどへの参加が効果的となる.このように、前頭葉を使うには、読書、日記、手紙、回想等の認知的活動、および対人コミュニケーションや生きがいとしての社会参加や運動習慣が重要となる.これには、自信や動機付けも影響しているので、日常生活の中でストレスにならない程度のものを選んで、楽しみ継続する日々の活動が重要となる.
3. 鍼灸治療
3.1 鍼灸治療における認知機能低下の検知
認知機能障害の早期発見には、過活動膀胱の発症の有無の活用が検討されている.脳血管型認知症では、成因として広範な白質の病変が指摘されている[9].過活動膀胱では、白質の病変が直径3mm未満の点状病変または拡大血管周囲腔にあるグレード1程度では、夜間頻尿が1~2回となったり、尿漏れが起こる.病変の進行により、白質の病変が融合して白質の大部分に広く分布するグレード4になると認知障害が生じるといわれており、過活動膀胱の発症に関連するグレード1程度での白質の病変の検知が注目されている[10].
3.2 鍼灸治療による認知機能低下の抑制
認知症と性ホルモンの一つであるテストステロンの関係も注目されている。アルツハイマー型では、総テストステロンに対して遊離テストステロンが減少するという報告がある[11].テストステロンのなかでも生理活性のある遊離テストステロンが重要とされる.
認知予備力を向上するには、運動が良いとされる.運動により海馬でのジヒドロテストステロンの合成が増加しており[12]、血中のテストステロンも増加している[13].一方で、走行時の距離と遊離テストステロンの量の関係からは、走行距離が長くなると遊離テストステロンが減少するため、軽い運動が良く、激しい運動は血中テストステロンを低下させると言われている[10].
睡眠では、7時間の睡眠をしている人に対して4.5時間睡眠にすると、テストステロン値は減少する[14].中髎穴付近(S2-S3)に骨膜刺激を行う仙骨部鍼治療では、ラットで睡眠が深くなることが示されている[15].
4.考察
認知症の予防の検査を受けたり、健康教室に来る人は、意識の高い方となる.認知症を予防するには、意識の高くない方に対する検査が重要となる.そこで、鍼灸治療では、診察時には、患者の様子を観察して、必要に応じて家族や検査機関との連携が重要となる.例えば、記憶障害になる前に、治療室に入る時にスリッパをはかないで持ってくるといった注意障害の段階で家族や検査機関と連携する必要がある.
軽度認知障害の回避には、前向きな生活を送ることが重要となるため、鍼灸治療の間に、軽度認知障害を察知するとともに、鍼灸治療によって痛みなどの愁訴を改善することで前向きな生活を支援することができる.生活指導などを通じた軽度認知障害の予防も可能となる.
認知予備能力の向上には、自慢したり人と会うことが重要となるので、鍼灸治療中に、自慢話を聞いて、自慢話を受け入れることも重要となる.患者に、生きがいや楽しみを継続し、認知予備力を高く保持し続けていただくことで、良い人生を送っていただくことができる.
軽度認知障害の早期発見に関しては、過活動膀胱の活用が検討されているが、加齢とともに、白質の病変、認知障害の程度、過活動膀胱の症状が同時に進行する.白質の病変と認知障害の程度に関連があり、白質の病変と過活動膀胱の症状に関連があったとしても、認知障害と過活動膀胱に論理的な因果関係が認められない限り、軽度認知障害の発生と過活動膀胱の発症を結び付けることは難しい.診察時において、過活動膀胱がある場合には軽度認知障害の早期発見に治療者が注意を傾けることはあっても、患者に対して軽度認知障害について示唆することはできない.今後、軽度認知障害と過活動膀胱の間に直接の因果関係が見いだされると共に、過活動膀胱の有無に対して軽度認知障害の進行度に有意な差があるか検証が進むことが望まれる.
治療に関しては、認知症患者に対する擦過鍼の効果は報告[1]したが、認知機能低下の予防では、擦過鍼だけでなく豪鍼の刺鍼や灸も効果が期待される.認知機能低下の予防には、適度な運動と血流改善、食習慣改善と栄養管理、知的生活と豊かな対人関係、主観的幸福感と良好な睡眠、ストレスの低減などの効果が期待される.性ホルモンに影響を与える要因にも、運動、食事、睡眠、ストレスがあり、認知機能と性ホルモンの予防因子が重なることから、これらの予防因子の改善に積極的な方は、認知機能と性ホルモンの両方が改善された可能性がある.これらの予防因子の改善は鍼灸治療でも実現可能であるため、鍼灸治療による認知機能低下の予防が期待される.
脳下垂体前葉は性器官の発達に関係するとされており、テストステロンなどの性ホルモンに影響を及ぼす.脳下垂体前葉に関連した鍼灸治療としては、横骨が報告されている.10mm刺針することで男子の性器官に作用を及ぼし、テストステロンに作用する[16].また、脳下垂体前葉に作用してテストステロンに効果がある経穴として横骨と志室も報告されている[17].ただし、認知機能低下による性ホルモンの低下は報告されているが、性ホルモンが増加すれば認知機能低下が抑制されるエビデンスはないことに注意する必要がある.
認知機能低下の予防には、睡眠やストレスの改善も重要となる.中髎穴付近の骨膜刺激では、過活動膀胱が抑制[18]されるだけでなく、睡眠も深くなる.ただし、一般的な鍼灸治療においても、睡眠状態は改善されるため、睡眠が深くなるのは中髎穴付近の骨膜刺激に限らないことに注意する必要がある.一方で、過活動膀胱の抑制によるストレス低減は期待されるため、中髎だけでなく次髎なども含めた仙骨部への鍼刺激による過活動膀胱の治療を通じて、軽度認知障害の予防が期待される.
鍼灸治療により、運動ができるように身体機能を改善したり、消化吸収機能を向上するといった通常の愁訴に対する治療が重要となる.認知機能低下時に悪化が指摘されている性ホルモンの増加、睡眠障害の改善、ストレスの低減に関連した治療も認知機能維持の効果が期待される.
5.むすび
認知症を早期に検知し、進行を抑制して予防するには、認知症の前段階である軽度認知障害を検知して、認知機能の低下を防止する必要がある.軽度認知障害は、記憶力や注意力などの認知機能に低下がみられるものの、日常生活に支障をきたすほどではない状態を指す.軽度認知障害となっても40~50%は元に戻るため、認知機能の低下を察知し、軽度認知障害を早期発見して、早期介入することが重要となる.住民の集団検診などを活用して認知機能スクリーニング検査である認知機能検査バッテリや認知症スクリーニング検査が実施されている.日々の認知症検査では、老研式活動能力指標や初期認知症兆候観察リストも活用できる.
認知機能は、短期記憶、行動記憶、長期記憶、処理速度などが年齢と共に低下する.認知機能が低下しても認知症を発症しないように、認知予備力と脳の予備力を高めることが重要となる.認知予備力を低下する因子は、遺伝、社会的経済的要因、高血圧、喫煙などの生活習慣などで、向上する因子は、高学歴、降圧薬の服用、豊かな対人関係、知的活動などがある.
認知予備力の向上には、知的活動と対人接触が重要で、脳のネットワークを増やすために、人と接し、運動して、食習慣を改善するとともに、知的活動が必要となる.
脳の予備力の向上には、食生活と運動が重要となる.認知機能は、内科系機能と筋運動系機能が相互に連携している.
鍼灸治療では、軽度認知障害を早期に発見するために、診察時に注意障害などを察知すると共に、患者が生きがいや楽しみを継続することで、認知予備力を高く保持し続けて、良い人生を送れるように支援する必要がある.治療では、運動ができるように身体機能を改善したり、消化吸収機能を向上するといった通常の愁訴に対する治療が重要となる.認知機能低下時に悪化が指摘されている性ホルモンの増加や、睡眠障害の改善、ストレスの低減に関連した治療も認知機能維持の効果が期待される.
文献
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(令和2年10月14日受付)
大塚 信之
1985年 東北大学卒業
1987年 東北大学院博士前期課程終了
1997年 博士(東北大学)
1999年 蛍東洋医学研究所設立
2017年 明治東洋医学院専門学校卒業
漢方、鍼灸、気功など、東洋医学に関する研究に従事
所属 Affiliation
蛍東洋医学研究所, 大塚鍼灸院
Hotal Ancient Medicine Research Institute (HARI), Otsuka Clinic
住所 Address
〒560-0033 大阪府豊中市螢池中町3丁目8-14
3-8-14 Hotarugaike-nakamachi, Toyonaka, Osaka, 560-0033 Japan
E-mail
hari@otsuka.holding.jp