蛍東洋医学論文誌 JHTOM 040101
Vol. 4, No. 1, 2017
0.5M
糖尿病性末梢神経障害への鍼灸の適用
Acupuncture and Moxibustion Therapy for Diabetic Peripheral Neuropathy
大塚 信之 所属 住所
Nobuyuki Otsuka Affiliation Address
あらまし
糖尿病患者は年々増加しており、なかでも糖尿病性末梢神経障害は最も発現頻度が高く、早期から現れる合併症として、患者のQOLを損なう大きな原因となっている. 東洋医学では、糖尿病性神経障害は、胃熱による火が、全身に、痛みや腫れを生じると考えられている. 糖尿病性神経障害の患者に対して、鍼灸治療の効果が示されており、糖尿病性神経障害による痺れの自覚症状が軽減した. また、こむら返りはほぼすべての患者で改善した.一方で、振動覚やモノフィラメントを用いたタッチテストの他覚所見には有意な変化はなかった. 糖尿病性神経障害の治療穴は、糖尿病の治療穴とは異なっており、糖尿病の根本治療には結びつかないと思われるが、糖尿病患者の鍼灸治療は、糖尿病性末梢神経障害に伴う痺れの改善によるQOL向上に効果的と考えられる. 今回実施した鍼灸治療では、糖尿病により障害された血管や神経は回復しないため、医療機関での正しい治療が必要となる. 医療機関で糖尿病治療を行いながら、痺れや感覚異常などの改善を鍼治療で進めることが重要となる.
キーワード 糖尿病、糖尿病系神経障害, 痺れ, こむら返り, 東洋医学, 鍼灸治療
1.はじめに
糖尿病患者は年々増加しており、なかでも末梢神経障害は最も発現頻度が高く、早期から現れる合併症として、患者のQOLを損なう大きな原因となっている.そこで、糖尿病性神経障害に対する鍼治療の効果について検討する.
東洋医学では、糖尿病性神経障害は、胃熱による火が、全身に、痛みや腫れを生じると考えられている.糖尿病性神経障害の患者に対して、鍼灸治療を行った結果、痺れの自覚症状が改善した.古典に記載された糖尿病の治療穴と、糖尿病性神経障害の治療穴を比較することで、糖尿病の根本治療との関係性を検討した.
2.糖尿病および糖尿病系神経障害
2.1 糖尿病とは
糖尿病は、インスリン分泌不足もしくはインスリン感受性の低下により、インスリンの作用が障害されて血糖値の上昇をきたし、それに伴って代謝異常を呈する疾患である.血糖値の上昇により、長期間に渡って高血糖値が続くと、網膜症、神経障害、腎症などの合併症を併発する[1].
糖尿病には、インスリンの補充が必須の1型糖尿病と、インスリンが必ずしも必須でない2型糖尿病がある.両者はインスリン分泌能の違いだけでなく、病因が異なる.
日本では、2型糖尿病が多く、2007年度では糖尿病患者が890万人、予備患者が1320万人と推計される.
1型糖尿病は、遺伝性素因に、ウイルス感染や免疫異常などが加わって発症する.若年者に多く、非肥満者に発症する.一方、2型糖尿病は、遺伝性素因に栄養の過剰摂取、運動不足などの環境因子が加わって発症する.中年以降の肥満者に多い.
高血糖による症状として、口渇、多飲、多尿、全身倦怠感、体重減少などがある.糖尿病の合併症による症状として、糖尿病網膜症や白内障による視力低下、神経障害による四肢のしびれなどを訴える.
病歴としては、家系内に糖尿病患者がいることが多い.臨床症状として、口渇、多飲、多尿などの症状を問診する.また、血糖検査として、尿糖、血糖、HbA1c、フルクトサミン、1,5-AG、グリコアルブミンなどが以上値を示す.ブドウ糖負荷試験では、75gのブドウ糖を経口負荷して、血糖や尿糖を調べる.内分泌検査では、甲状腺ホルモン、ステロイドホルモンなどを測定し、甲状腺や副腎疾患による二次性の糖尿病を区別する.
合併症の診断としては、網膜症の眼底検査、神経障害の神経伝導速度検査、腎症の尿検査、尿微量アルブミン、BUN、クレアチニンなどの生化学検査、動脈硬化症の総コレステロールや中性脂肪検査などがある.
糖尿病の治療では、血糖値が適正に保たれるように目標を置き、食事療法、運動療法を行う.経口抗糖尿病薬として、スルホニル尿素薬、ビグアナイド薬、α-グルコシダーゼ阻害薬などがある.インスリン療法は、1型糖尿病患者には必須である.2型糖尿病患者でも経口薬が無効な時や、重症な合併症を持っているときにはインスリン療法が必要となる.
糖尿病の予後は、腎不全や動脈硬化症などの合併症の有無と程度に左右される.特に、腎障害が進行して慢性腎不全になると人工透析が必要となる.
2.2 糖尿病性神経障害とは
糖尿病性神経障害は、糖尿病患者の疾患である腎症、網膜症、神経障害のうち、最も発現頻度が高く、早期から現れる合併症は神経障害となる.糖尿病の代謝異常が長期間持続する結果生じる神経障害であり、原因となる他の疾患ないし病態を除外する必要がある[2].
糖尿病性神経障害は、糖尿病性ニューロパシーとも呼ばれ、大きくは、以下の3つに分類される.①対称性末梢性多発性神経障害、②単神経障害型神経障害、③自律神経障害.①対称性末梢性多発性神経障害は、糖尿病性神経障害のうち最も頻度が高く、左右対称性に四肢遠位端部、とくに下肢に強い知覚障害を示す.深部腱反射、とくにアキレス腱反射の消失を見る.高度の例では、皮膚潰瘍やシャルコー関節を呈する.振動覚や神経伝導速度の測定により診断されることが多い.
②単神経障害型神経障害は、糖尿病患者において、単一の神経束の障害で発症する神経障害で、急激に発症し、脱力や筋委縮などを起こす.脳神経系に起きることがあり、動眼神経麻痺が最も多い.脳神経では、動眼神経障害による突然の眼瞼下垂や、顔面神経麻痺がある.四肢及び躯幹の神経障害では、尺骨神経、正中神経、大腿神経の障害が多い.原因は、神経内の小血管の部分的閉塞による虚血性の脱髄と考えられており、一般に予後は良好である.
③自律神経障害は、発汗異常、起立性低血圧や仰臥性高血圧、便秘や下痢をきたす糖尿病性胃腸症、残尿や排尿困難をきたす神経性膀胱、勃起障害、無自覚性低血糖などがある.まれに、夜間無呼吸発作、心肺停止、無痛性心筋梗塞など生命に関係する合併症を呈することがある.自覚症状のほかに心電図R-R間隔の変動の消失、胃症に対する胃電図やアセトアミノフェンテスト、膀胱内圧の測定などで評価することがある.
糖尿病性神経障害(ニューロパシー)は、細かくは7種類の病型に分類される[3].多発性ニューロパシー、糖尿病性筋委縮(近位ニューロパシー)、糖尿病性神経根症、自律神経ニューロパシー、多発性単ニューロパシー、単ニューロパシー、糖尿病性眼筋麻痺である.これらは、血行障害性ニューロパシー、脱髄性ニューロパシー、軸索変性がそえぞれ混ざって存在する.ニューロパシーの中で最も多いのは多発ニューロパシーで、糖尿病患者の25%に認められる.糖尿病性ニューロパシーで急性の神経虚血を原因とするのは、糖尿病性眼筋麻痺、多発性単ニューロパシー、単ニューロパシー、のみである.最も多くみられる多発ニューロパシーは手袋靴下型の知覚障害をきたし、下肢により強い感覚障害を呈する.
最も頻度の高い対称性遠位性ポリニューロパシーの成因として、高血糖による神経内ソルビトールの蓄積および膜構成分であるミオイノシトールの減少、Na,K-ATPase活性低下、NADPH/NADP比の低下などの代謝異常、神経の非酵素的糖化、血流減少および神経内鞘の低酸素による血管障害が挙げられる.単神経ニューロパシーは一過性の血管閉塞によるとされる.
一方で、血糖値とニューロパシーの発現との関係は、まだ十分に明らかにされていない.患者の多くは高齢者で、下肢末梢の感覚障害は、軽度の感覚鈍麻からビリビリ感や痛みを伴うタイプまで、さまざまである.節性脱髄と末梢神経幹の軸索変性、血行障害を複雑に併せ持つことが多い.糖尿病性ニューロパシーの一部には、抗ガングリオシド抗体などの免疫関連神経障害を合併する症例もあり、糖尿病性ニューロパシーの診断には慎重を要する例もある.丁寧な血糖の治療が糖尿病患者の神経伝導の改善を認めることもある.
2.3 糖尿病性神経障害の診断基準
糖尿病性神経障害では、神経障害があるかないかが診察のポイントとなる.糖尿病性神経障害は、糖尿病患者に見られる種々の末梢神経障害の総称で、慢性高血糖状態に起因する末梢神経障害と定義される.糖尿病性神経障害の原因は、高血糖によって生じる末梢神経の代謝異常と血管障害が二大因子であるという仮説が提唱されている.
糖尿病性多発神経障害の簡易診断基準に記載されている症状が多くみられる順番は、下肢の痺れ、痛み、冷感やほてりなどの感覚異常である.感覚異常では、冷えと熱の二つをセットで持っているという特徴があり、臨床では冷えよりも足がほてるという訴えが多い.
糖尿病性多発神経障害の簡易診断基準には記載がないが、下肢の有痛性筋痙攣(いわゆる、こむら返り、足がつる現象)は、米国学会などでは、特有の症状として合わせて問診項目となっている.この、こむら返りには、鍼治療が良く効くので、効果を確認しやすいため、鍼治療効果の評価指標となっている.
必須項目の2項目共に該当し、かつ、条件項目の3項目のうち2項目以上に該当する場合を糖尿病性多発神経障害と診断する.鍼治療では、簡便に鑑別できるので、この診断基準に従って患者に問診するようにしている.
必須項目:①糖尿病である、②糖尿病性神経障害以外の末梢神経障害を否定できる.
条件項目:①糖尿病性神経障害に基づくと思われる自覚症状がある、②両側内踝の振動覚の低下(振動を感じる時間が10秒以下)、③両側アキレス腱反射の低下、あるいは消失.
注意事項:①糖尿病性神経障害に基づくと思われる自覚症状とは、両側性、足指先と足裏に痺れ、うずくような痛み、感覚低下、感覚異常のうちいずれかの症状(冷感は除く)が2つ以上あること、ただし、上腕のみの症状は除く、②アキレス腱反射は膝立位で行う、③高齢対象者については十分考慮する.
なお、必須項目②の鑑別において、腰からきている痺れや、内科疾患の痺れは除外している.除外基準としては、次の基礎疾患を有する患者となる.(a) 坐骨神経痛や神経根症などに起因すると考えられる神経症状、(b) 足根菅症候群など末梢神経の絞扼に起因すると考えられる神経症状、(c) 脳血管障害に起因すると考えられる四肢の知覚異常、(d) 閉塞性動脈硬化症やレイノー病などに基づく四肢の末しょう循環障害.
条件項目①の自覚症状の問診項目は、痺れと、痛み、感覚鈍磨、感覚異常、こむら返りなどについて、具体的に聞いている.特に、歩くとき砂利の上を歩いているとか、足の裏に紙が貼りついた感じがすると、いわれるので、そこをうまく聞く必要がある.
問診項目には以下のようなものがある.両方の足の先などが、ジンジン、ピリピリ痺れる (痺れ感) .両方の足先などが痛む (痛み).足や足裏の感覚が鈍い (感覚鈍磨).両方の足の先などが冷たいとか、ほてる (冷感・熱感:ここで、冷感のみの場合は含まない).歩くとき砂利の上を歩いている感じや、足裏に紙が貼りついた感じがする (感覚異常).日中や睡眠時にこむら返りを起こす (有痛性筋痙攣).特に、感覚異常があると、砂利の上を歩いているように痛いので、歩かなくなり、運動不足で、より糖尿病が悪くなるといった、悪循環に陥ることがあるため、感覚異常の緩和が重要となる.
条件項目②では、椅子に座り、伸ばした足の内顆に音叉で振動を与える.健康な人なら10秒以上振動を感知できるが、神経障害があると、それ以下か、もしくは全く感じなくなる.糖尿病性神経障害の場合には、6秒程度で消失するケースが多い.
条件項目③では、椅子の上に後ろ向きで膝立ちした状態(膝立位)で、アキレス腱を打鍵器でたたく.健康な人なら自然と足先が動くが、神経障害があると、うまく動かない.注意事項にあるように、アキレス腱反射は、膝立位で行うことがポイントとなる.
参考項目として、糖尿性自律神経障害についても、問診する.問診項目としては、発汗異常、起立性低血圧(立ちくらみ)、頑固な便秘や下痢、睡眠障害、排尿障害、食欲不振、勃起障害等である.臨床では、発汗異常があると、自律神経障害を疑う.起立性低血圧は、シェロング試験を行う.立ち上がった時に最高血圧が20 mmHg以上低下すると起立性低血圧となる.睡眠障害では、こむら返りが原因の場合が多く、鍼灸でこむら返りを減らすと睡眠障害が改善する.ただし、治療をやめると、こむら返りが起き始めるので、継続的治療が重要となる.排尿障害では頻尿などがある.食欲不振が多いが、臨床では食欲過剰な人もいる.食欲不振の場合は、胃電図で消化管の動きをみると、糖尿病の人は、胃の動きが悪くなっているケースが多い.足三里に刺鍼することで胃の運動をよくできる
2.4 その他の簡易検査
その他の糖尿病性神経障害の簡易検査として、モノフィラメントを用いたタッチテストがある.このタッチテストは、柔らかくて細いナイロンの糸で足の裏を触り、足の裏の感覚がどの程度あるかを調べる検査である.足裏2か所と足の甲2か所に、2.83, 3.61, 4.31, 4.56, 5.07, 6.65の6段階で評価する.3.61 までは正常で、4.31以上となると異常となる.5.07のモノフィラメントが感知不能な場合は、高度の感覚低下となり、鍼治療をしても元に戻らない場合も多い.
疼痛評価として、質的な評価を行うためのスコアとして、McGill疼痛質問票 ( McGill Pain Questionnaire : MPQ) を用いた評価がある.MPQ では、痛みを感覚的表現や感情的表現、評価的表現、その他の表現に群分けして評価する.疼痛の表現には、ドリルで貫くなるとか、悲しくなるような痛みとか、たくさんの表現があるので、どのような種類の痛みが鍼灸治療で低下するかを分類することができるので便利である.
痺れの自覚的強度はVAS (Visual Analogue Scale) を用いて調べた.VASは痺れが最大の場合を100 mmとして、痺れの度合いを表示してもらった.糖尿病の痛みに対しては、VASがどの程度改善すれば改善効果があると評価する指標がない.そこで、今回の論文では、急性痛の場合を援用して、13mm以上低下すれば効果があるとした.
2.5 糖尿病性神経障害の治療薬
糖尿病性神経障害では、疼痛対策や足病変予防が重視されており、三環系抗うつ薬やプレガバリンが第一選択薬として位置づけられている.その他、アルドース還元酵素阻害薬やビタミンB12なども用いられいてるがこれら薬剤の効果は必ずしも十分ではないのが現状である.糖尿病性神経障害は、これらの薬剤により痛みは良くなるが、痺れはよくならない.そこで、特に痺れに対して、鍼治療の効果を確認した.
3. 糖尿病の東洋医学的解釈
3.1 消渇および糖尿病とは
糖尿病は、消渇に含まれる.消渇は、甘いものや脂肪分の多いものを多食し、ひどくもだえ、よく怒ることで発症するといわれる[4]."素問奇病論"には、この病の人は必ず甘美のものをたびたび食し、多肥している.肥は人に内熱させ、甘は人に中満させる.故にその気は上溢し、転じて消渇となると記している."霊枢五変篇"は、五蔵はみな柔弱なものは、よく病み消癉する.柔弱なものには、必ず剛強があり、剛強は多く怒る、柔のものは傷つき易い、と記している.また、乱酔し、節度がないものも、消渇になりうる."千金要方"は、凡そ積酒飲酒すれば、消渇にならないものはない.酣興が解けず、遂に三焦を猛烈にし、五臓は乾燥すると記す.
消渇病は、関係する臓腑によって、肺と脾と腎の三種類の病型に分けることができる."沈氏尊生"では、三消の由は、上消は肺である.肺家の実火により、あるいは上焦が熱し、あるいは心火が肺金を上爍する.中消は脾である.脾家の実火により、あるいは伏陽蒸胃する.下消は腎の陰虚により、あるいは火が下焦を伏す、と記している.
上消は、舌が赤裂し、咽が火焼し、ひどく口が渇してしきりに飲し、日夜節度がない.中消は、多食し飢え易く、肌肉消瘦し、口が渇して水を飲み、大便は硬燥し、小便が米のとぎ汁のようである.下消は、便溺不摂で、耳輪が焦枯し、顔色は暗黒色、小便が膏油のようであり、煩燥してしきりに水を飲むとなっている.これから、糖尿病は、中消に近い状況と思われる.
3.2 糖尿病性神経障害
糖尿病患者は、運動療法が推奨される.しかしながら、良く運動した結果、よく食べるようになる.飲食物は、気に変化するが、食べすぎたものは、気にならないで、脾胃で吸収されないものが火(熱)となる.その結果、火は余分な熱となり、この熱の持っているエネルギーで無理やり胃が活動させられ、消化が早まって空腹感を強く感じるため、また食べるという、消穀善飢となる.このような消穀善飢による悪循環が糖尿病を悪化させる.熱で、胃の中のものをドロドロに溶かし、もっと沢山食べられるようになり、胃熱となる.
一方で、火は、全身に、痛みや腫れを生じる.そのため、糖尿病性神経障害による疼痛が発生する.にきびも、体の熱による影響といわれている.胃熱による悪循環から解放するには、熱を取り去る必要がある.例えば、薬膳などで、体の熱をとることが重要となる.
4. 糖尿病性神経障害の鍼治療
4.1 糖尿病性神経障害の鍼灸治療
糖尿病性神経障害における鍼治療の効果は、Zhangらより、イノシトール経口投与よりも鍼治療のほうが合計有効率が高いことが示されている[5].
Tongらは、鍼治療群と偽鍼治療群を比較し、鍼治療群で神経伝導速度などで有意な改善が得られたことを報告している[6].
糖尿病性神経障害における鍼治療の効果は田口らから詳しく報告されている[7].
4.2 鍼灸治療の実際
田口らが行った鍼治療は、1週間に1回で、合計7回実施された.7回とゴール設定をすることが重要である.糖尿病の状態が悪くなると、痺れが出てくるようになる.7回治療すると、ある程度、痺れに関しても効果が出る.7回でも効果が出ない場合は、他の方法を探しがほうが良い場合が多い.一般的には、糖尿病の患者は楽観的な人が多く、治療が続きにくいので、治療回数を最初に言って、少なくとも7回は治療に来てもらうようにすることがポイントとなる.
初回は鍼に慣れてもらうため、15分間の置鍼のみにしている.2診目から、低周波鍼通電治療を行う.鍼通電は、混合波が最も良かったため、ミックス (3/20Hz) の混合波で15分とした.
治療部位は、陽陵泉 (GV34:黄) と太衝 (LV3:緑)間、陰陵泉 (SP9:黄) と太谿 (Kl3:緑) 間の計4か所とした.左右の経穴を同時に実施した.手の症状には、合谷(LI4:緑)と手三里(LI10:黄)の通電を追加で実施した.痺れのエリアによって、経穴を決めているわけではない.また、痺れは足裏に多く発生し、最後は足先に痺れが残るケースが多い.これらは、脛骨神経の支配領域となるため、陰陵泉や太谿の近くを神経が走行しているとも考えられる.
低周波鍼通電治療での通電強度は、患者が電気を感じる程度の強さでよい.感覚鈍磨はあるが、パルスは感じている.2診目は、筋肉が収縮しなくても、電気を感じたところで止める.3診目以降は、研究では、2診目同様に電気を感じるところで止めていた.臨床では、患者が好む出力にまで上げてもよい.
今回の選穴は、糖尿病性神経障害に対して効果が認められた過去の報告事例を参考に実施した.米国などの他の報告では、天枢や頭部などの経穴の利用の報告もあったが、今回は検証していない.
鍼は、セイリン社製のステンレス製ディスポーザブル鍼40mm、20号鍼Lcタイプを用いた.低周波鍼通電時のクリップの色は、黄色を体幹側にし、緑を末梢側にした.これは、緑色のクリップはマイナスの電気が流れやすいためである.痺れの治療では、マイナスの電気が末梢神経の血流を良くするため効果があるとされており、末梢側に緑のクリップをつけることになっているため、この考え方を援用した.
ペースメーカをしている人に対する低周波通電鍼治療は、医師に相談した上で、実施している.また、糖尿病の場合、肌がかゆくなって、肌の傷が多いので、感染症を起こすと問題がある.そこで、感染対策として手袋を着用して施術した.
4.3 治験者群
患者は19名で、プロフィールとして痺れ、痛み等の症状別に分類した.その結果、19名全員に痺れ感があった.痛みは無い人もいた.こむら返りは、1週間に1回以上の頻度の場合を有とし、有のケースは19例中13例と高頻度であった.
糖尿病罹病期間は、長い方で20~40年の場合もあった.治療は早ければ早いほど治療結果が良かったが、罹病期間が長くても全く効かないというわけではなかった.
部位は、手と足の両方出るケースもあったが、手と足の両方は半分弱程度で、足のみケースの方が多かった.
4.4 鍼治療の結果
4.4.1 痺れのVAS評価
鍼治療後の痺れの強度を、最大を100mmとして19例のVASの全平均値として評価した.治療1診目の置鍼のみではVASが46.4mm (95% CI; 36.7-56.1mm) であったが、治療2診目で低周波鍼通電治療を実施すると39mmに低減した.その後、3診目は37mm、4診目は34mm、5診目は28mm、6診目は25mm、7診目は26mm、8診目は治療なしで評価のみで24.7mm (95% CI; 14.5-34.9mm) に低下した.1診目で大きくVASが低下したのは、糖尿病性神経障害の場合は神経血流が悪くなっているためで、置鍼だけでも何か違うという感じを持ってもらえたためと思われる.
鍼治療前後での痺れの自覚症状には、有意な改善が認められ、1診目と8診目のVASの統計的検討結果は、1診目が平均46.4±10で、8診目は平均24.7±10となり、統計的には、‐22.0、95%CI;10.6-33.5, p=0.001として、有意な差が認められた.その結果、痺れの自覚症状が改善していることが、統計的にも明らかになった.なお、足だけでなく手への通電鍼治療でも効果が認められた.
4.4.2 McGill(MPQ)評価
McGill法によるMPQの合計点数の変化では、1診目が281点に対して8診目は197点に低下した.しかしながら、統計的にはWilcoxonの符号順位和検定の結果はp=0.083となり、1診目と8診目の間に統計的に有意な差を認めることができなかった.
4.4.3 こむら返り回数の評価
こむら返りは、糖尿病患者だけでなく、高齢者でも足がつって目が覚めるということが多い[8].このように、こむら返りは健常者でも出現する症状であり、西洋医学的問診においても見過ごされることが多い.こむら返りの発生頻度は、男女差はなく、一般的に高齢者に多く出現するといわれている.また、こむら返りが多くなる疾患として、糖尿病のほかに、激しい運動後や妊娠、投薬による影響、透析、甲状腺機能低下症、肝硬変、運動ニューロン疾患など多岐にわたるが、原因は不明な点が多い.通常、こむら返りが起こることは少なく、1カ月に1回でも起これば頻度が高いと考えられる.夜間での発症7割となっており、頻繁に出現する患者では睡眠が障害されて不眠の原因ともなっている.
こむら返り治療薬としては、キネダックなどのアルドース還元酵素阻害剤などが処方されている.また、コムレケア等の芍薬甘草湯は、こむら返り防止に効果がある.ただし、血圧が上がるので高血圧の人は飲めないといった制限があり、鍼灸治療への期待が高い.また、こむら返りには、ストレッチやマッサージなどが良いという報告もある.
こむら返りの評価を行うために、こむら返り日誌をつけてもらった.1日のうち、何時にどの程度の強さで(強、中、弱)、左か右か、について、時間線表の中に記載する.布団に入った時刻と出た時刻を記載し、就寝時刻が分かるようにした.こむら返りは、足だけでなく、手や背中など、筋肉の痙攣としてとらえることに注意してほしい.こむら返り日誌への記載は、1週間つけてもらって、就寝時のこむら返りの頻度として評価した.
4.4.4 こむら返りの鍼治療による効果
5名の患者に対して、1診目と2診目の間のこむら返りの出現回数を出現時間帯に対して求めたところ、午前2時から午前4時に起きるケースが多くの患者で認められた.また、発生頻度が多い患者では、午前4時に8回発生した患者もいた.治療を行った結果、7診目と8診目の間では、多い患者でも朝午前4時に3回と発生頻度が低減した.また、単位時間でのこむら返りを起こす患者数も減少した.
5名の患者の平均的発生回数と治療回数の推移は、2診目は7.8回、3診目は4.3回、4診目は3.6回、5診目は4.1回、6診目は4.6回、7診目は4.2回、8診目は2.8回と改善傾向にあった (Wilcoxonの符号順位和検定 p=0.045).また、こむら返り回数を評価した患者では、13例中12例で効果があった.
4.4.5 その他の評価
音叉やモノフィラメントなどの感覚テストで症状が改善したケースは、5例であった.そこで、患者には感覚異常が治るとは言いにくい.患者には、こむら返りが治り、痺れはましになると、言ったほうが良い.
今回実施した鍼灸治療では、糖尿病により障害された血管や神経は回復しないため、医療機関での正しい治療が必要となる.医療機関で糖尿病治療を行いながら、痺れや感覚異常などの改善を鍼治療で進めることが重要となる.
5.考察
糖尿病は、消渇とよばれ、様々な鍼灸治療が示されている.
"中国針灸学講義"では、上消の治療穴は、肺兪、少商、尺沢、金津、玉液に瀉法.中消は、脾兪、中脘、大都、陥谷、水道に瀉法.下消は、腎兪、関元に補法、および、湧泉、然谷、復溜、行間に瀉法.および、三消いずれも三焦兪と陽池の瀉法を加えるとしている[4].ここで、中消に注目すると、脾兪と大都は、脾熱を瀉する.中脘と陥谷は、胃火を大瀉する.水道は陽明を清泄できるだけでなく、三焦の結熱を治すため、消渇症に用いる.消渇は三焦の病変に属すため、三焦兪と陽池を採って、三焦の滞熱を清める.
"鍼灸治療基礎学"では、内分泌疾患に分類され、陽池、中脘、左梁門、盲兪、気海、脾兪、三焦兪、腎兪、身柱、百会、三里と記されている[9].
"鍼灸臨床わが三十年の軌跡"では、難病疾患に著効する特定配穴として、陰陵泉、曲池、脾兪、脊中への施灸が記されている[10].
"針灸治療の新研究"では、中脘、不容、肝兪、脾兪、三焦兪、百会、天柱、曲池、足三里、地機または商丘としている[11].
糖尿病の場合は、中消が該当すると思われる.中消は、脾兪、中脘、大都、陥谷、水道であり、下消は、腎兪、関元、湧泉、然谷、復溜、行間、三焦兪、陽池となる.
電気刺激パルス鍼 (E.S.A) では、多食を併っている場合は、地機に15mm刺針し(-)極、商丘に5mm刺針し(+)極とする[12].あまり症状がない場合には、上巨虚に15mm刺針し(-)極とする.以上に粗密通電刺激の5Hzを2秒と100Hzを0.5秒の組み合わせで15分間実施する.次いで、腹部では、梁門(-)、天枢(+)、背部では、脾兪(-)、三焦兪(+)とし、規則通電刺激の2Hzで10分間行う.経絡の証としてみる場合は、土実水虚証のタイプとなる.
一方で、食餌療法や薬治を主として鍼灸は補いにするとか[13]、神経障害などを発生するような重症糖尿病は、鍼灸治療の対象外とする記載もある[14].
田口らの報告では、陽陵泉と太衝間、陰陵泉 と太谿間に通電しており、糖尿病自体の治療というわけではなく、糖尿病性神経障害で障害される神経で支配される筋肉への電気鍼による通電となっている.従って、糖尿病自体の治療効果はあまり期待できず、糖尿病性神経障害の緩和が主目的と思われる.今回実施した鍼灸治療では、糖尿病により障害された血管や神経は回復しないため、医療機関での正しい治療が必要となる.医療機関で糖尿病治療を行いながら、痺れや感覚異常などの改善を鍼治療で進めることが重要となる.
6.むすび
糖尿病性神経障害に対する鍼治療の効果について示した.糖尿病患者は年々増加しており、なかでも末梢神経障害は最も発現頻度が高く、早期から現れる合併症として、患者のQOLを損なう大きな原因となっている.東洋医学では、糖尿病性神経障害は、胃熱による火が、全身に、痛みや腫れを生じると考えられている.糖尿病性神経障害の患者に対して、鍼灸治療を行い痺れの自覚症状のVAS等が改善するか検討されている.その結果、鍼灸治療により、糖尿病性神経障害による痺れの自覚症状のVASが軽減した.また、こむら返りはほぼすべての患者で改善した.しかしながら、振動覚やモノフィラメントを用いたタッチテストの他覚所見には有意な変化はなかった.田口らによる糖尿病性神経障害の治療経穴は、糖尿病の治療経穴とは異なるため、糖尿病自体の治療効果はあまり期待できない.今回実施した鍼灸治療では、糖尿病により障害された血管や神経は回復しないため、医療機関での正しい治療が必要となる.医療機関で糖尿病治療を行いながら、痺れや感覚異常などの改善を鍼治療で進めることが重要となる.
文献
[1] 奈良信雄, 臨床医学各論 第2版, 東洋療法学校協会編, 2015.
[2] 南山堂医学大辞典 第18版, 南山堂, 1998.
[3] 看護大事典 第1版, 医学書院, 2002.
[4] 中国針灸学講義, 上海中医学院偏, 中国漢方, 1984.
[5] Chang Zhang, et.al., Clinical Effects of Acupuncture for Diabetic Peripheral Neuropathy,
Journal of Traditional Chinese Medicine vol. 30, pp.13-14, 2010.
[6] Yanging Tong, et.al., Fifteen-day Acupuncture Treatment Relieves Diabetic Peripheral Neuropathy,
Journal of Acupuncture and Meridian Studies, vol. 3, pp.95-103, 2010.
[7] 糖尿病性末梢神経障害による両下肢感覚異常に対する鍼治療の効果,
糖尿病研究 糖尿病 vol. 60, pp.489-497, 2017.
[8] 田口 敬太, 糖尿病性末梢神経障害に対する鍼治療, 明友会研修会, 2018.
[9] 代田文誌, 鍼灸治療基礎学 第7版, 医道の日本社, 1969.
[10] 長野潔, 鍼灸臨床わが三十年の軌跡 第5版, 医道の日本社, 1997.
[11] 長浜善夫, 針灸治療の新研究 第2版, 創元社, 1977.
[12] 沢津川正一, パルス刺激針療法, 自然社, 1980.
[13] 間中喜雄, 鍼灸臨床医典 第14版, 1993.
[14] 森秀太朗, 鍼灸ための診断と治療 第7版, 1992.
(平成30年1月21日受付)
大塚 信之
1985年 東北大学卒業
1987年 東北大学院博士前期課程終了
1997年 博士(東北大学)
1999年 蛍東洋医学研究所設立
2017年 明治東洋医学院専門学校卒業
漢方、鍼灸、気功など、東洋医学に関する研究に従事
所属 Affiliation
蛍東洋医学研究所, 大塚鍼灸院
Hotal Ancient Medicine Research Institute (HARI), Otsuka Clinic
住所 Address
〒560-0033 大阪府豊中市螢池中町3丁目8-14
3-8-14 Hotarugaike-nakamachi, Toyonaka, Osaka, 560-0033 Japan
E-mail
hari@otsuka.holding.jp