蛍東洋医学論文誌 JHTOM 120101
Vol. 12, No. 1, 2025
0.9M
膀胱炎の予防に対する鍼灸の効果
Acupuncture and Moxibustion Therapy for Prevention of Cystitis
大塚 信之 所属 住所
Nobuyuki Otsuka Affiliation Address
あらまし
急性膀胱炎は抗菌薬で比較的容易に治癒するが、繰り返す場合は抗菌薬に薬剤耐性を示すことがあり、再発の予防が重要となる.そこで、鍼灸治療によって、膀胱炎を予防するとともに再発しにくい体質への改善を目的とした.
膀胱炎の予防に対する鍼灸治療の症例を示した.34年前に膀胱炎を発症し、3年前から3~4ヶ月に1回の頻度で膀胱炎を発症しており、使用可能な抗菌薬が無くなってきたため、膀胱炎にならないようにしてほしいと来院した.治療1回目は、肝虚証とした.その後、八脉交会穴である照海と列欠への置鍼や、大巨、中極、三陰交、腎兪、次髎の温筒灸を追加して、膀胱炎に対する標準的な治療穴とした.治療65回目に、月2回の治療間隔でも、4ヶ月間膀胱炎が再発していないため、膀胱炎の予防の治療を終了した.
治療開始後、発生頻度は、膀胱炎は1/3以下に減少、膀胱炎の前駆症状は1/2程度に減少し、鍼灸治療による膀胱炎の予防の可能性が示唆された.肝虚証から腎虚証に移行した際には、膀胱炎の発症の危険性が高くなったため、養生指導の必要性が示された.鍼灸治療は、肝虚証や腎虚証を中心とした本治法に、八脉交会穴、温筒灸、養生指導を組み合わせることで、膀胱炎の予防に有効であると考えられる.
キーワード 膀胱炎, 予防, 肝虚証, 八脉交会穴, 温筒灸, 養生指導, 東洋医学, 鍼灸治療
1.はじめに
膀胱炎は、女性に多く、女性の半数が生涯に1~2回は罹患するとされる.男性では、基礎疾患がなければまれである.急性単純性膀胱炎が多く、大腸菌をはじめとするグラム陰性桿菌が外陰部から尿道を経由して上行性に感染して発症する.主な症状は、頻尿、排尿痛、残尿感、尿混濁、血尿などである.膀胱炎の診断は、頻尿、排尿痛、尿混濁があり、尿検査により尿沈渣で白血球が5/毎視野以上あり、かつ細菌培養検査で細菌を検出すると診断される.治療には、抗菌薬を服用する.
水分を十分に摂取し、排尿を我慢せず、保温するように指導される.基礎疾患のない急性単純性膀胱炎は、抗菌薬で比較的に簡単に治癒する.基礎疾患がある場合には再発しやすく、難治性になりやすい[1].膀胱炎を繰り返す場合は、抗菌薬が効きにくくなる薬剤耐性を示すことがあり、使用できる抗菌薬が限られてくる[2].そこで、抗菌薬を投与しなくてもよいように、鍼灸治療によって、膀胱炎を予防するとともに膀胱炎が起こりにくい体質への改善を目的とした.
2.膀胱炎について
2.1 総論
膀胱炎(cystitis)は、細菌感染による膀胱の炎症であり、大きくは急性膀胱炎(acute cystitis)と慢性膀胱炎(chronic cystitis)に分別される[3].急性膀胱炎は、全身の感染防御能が一時低下した際に発症することが多い.慢性膀胱炎は、尿路に何らかの基礎疾患を有する複雑性がほとんどである.急性膀胱炎の感染菌はほとんどが大腸菌の単独感染であるが、慢性症はいろいろで、グラム陰性桿菌の複数菌感染である.これら細菌の大部分は腸管由来であり、会陰や外陰部から外尿道口を経て膀胱内に侵入したものである.急性膀胱炎では粘膜および粘膜下層までの病変であるが、慢性膀胱炎では粘膜下層や筋層に波及し、壁の肥厚化や瘢痕化を生じる.弾性が減るため膀胱容量が減少することがある.
急性膀胱炎の症状は、排尿痛、頻尿(尿意頻数)、尿混濁(混濁尿、膿尿)が三大症状であり、発熱などの全身症状は認めないか、きわめて軽い.慢性膀胱炎の症状は、軽減した後に膿尿が主体となるが、基礎疾患があればその症状が強く現れる.
膀胱炎の診断は、上記の症状と膿尿や細菌尿の確認でよいため容易である.ただし、腎盂腎炎合併の有無と慢性症では基礎疾患の診断で結核症との鑑別が重要となる.膀胱鏡検査は感染の有無のみならず部位や程度も判明するため極めて有用であるが、急性膀胱炎の極期は膀胱刺激症状を増悪させるので控えた方がよい.
膀胱炎の治療は急性症では安静などの全身対症療法と水分多量摂取による自浄療法と化学療法となる.慢性症では基礎疾患の除去や改善に努めるとともに化学療法を行う.化学療法は尿中排泄率の高い抗菌薬を選択して投与する.
2.2 膀胱炎の分類
一般的に膀胱炎といえば、非特異性細菌による感染症で、2.1に示したように、尿路に基礎疾患を有しない急性単純性膀胱炎(急性膀胱炎)と、尿路の機能的基礎疾患や器質的基礎疾患による尿流障害あるいはカテーテル留置などに伴う複雑性膀胱炎(慢性膀胱炎)に分けられる.膀胱炎は、急性および慢性膀胱炎以外にも、表1に示したように様々に分類される.膀胱炎は、広義には膀胱上皮の炎症であり、感染症と非感染性炎症に大別される[4].感染症は、2.1で示した大腸菌など一般細菌による非特異性細菌感染と、結核などによる特異性感染に分類できる.非感染性炎症は、中年女性に多く、原因不明の間質性膀胱炎、放射線照射後にみられる放射線性膀胱炎、シクロホスファミドなどの薬剤に起因する出血性膀胱炎などがある.
2.2.1 急性単純性膀胱炎
急性膀胱炎は、急性単純性膀胱炎とよばれる.急性単純性膀胱炎は、尿路感染症のなかでも頻度の高い疾患で、20~50歳代の女性に多くみられる.ほとんどが細菌感染によって生じる炎症による細菌性膀胱炎(bacterial cystitis)である.起炎菌は、約80%が大腸菌であり、次いでブドウ球菌を主とするグラム陽性球菌が10~15%を占め、残りが大腸菌以外のグラム陰性桿菌である.これらの細菌は、膣や肛門周囲の定着細菌である.細菌の侵入経路は、上行性が最も多く、尿道から膀胱に侵入する.正常な膀胱粘膜は細菌に対する感染防御能が強く、単に細菌が膀胱内に侵入しただけではほとんど発症しない.長時間の排尿の我慢、感冒および疲労などによる全身的な感染防御能の一時的な低下、寒冷や性的活動などが誘因となり炎症を引き起こす.急性単純性膀胱炎は、生体の感染防御能が保たれているため、自然治癒傾向が強く、抗菌薬に対する反応性もきわめてよい.ただし、急性単純性膀胱炎を何度も繰り返すことがあり、6か月以内に2回以上、または1年以内に3回以上膀胱炎を発症する場合は再発性膀胱炎と呼ばれる.
2.2.2 複雑性膀胱炎
慢性膀胱炎は、尿路に結石、腫瘍などの器質的病変や神経因性膀胱などの機能的病変を基礎疾患として有するものが多く、複雑性膀胱炎とよばれる.最初から慢性型として発症するものもあるが、ほとんどは急性型より移行する.複雑性膀胱炎は尿路に基礎疾患を有する場合で、急性単純性膀胱炎と異なり高齢者に多く、男女比は3:1と男性に多い.基礎疾患として、前立腺肥大、尿道狭窄、神経因性膀胱など下部尿路通過障害をきたす疾患や、膀胱腫瘍、前立腺癌などの悪性腫瘍、膀胱留置カテーテルや膀胱結石などの異物がある.尿流障害や結石、カテーテルなどの異物が存在する限り再発を繰り返し、慢性化することが多い.起炎菌は、初発時には単純性膀胱炎と同様に大腸菌が多いが、再発時や慢性期には緑膿菌、霊菌(セラチア菌)、腸球菌、MRSAなどの薬剤耐性菌が分離され、いわゆる日和見感染となる.尿路にカテーテルや感染結石などが存在すると、その表面に菌自体が産生するバイオフィルムと呼ばれる菌体外多糖(グリコカリックス)が形成される.細菌はこのバイオフィルムという隠れ家の中でコロニーを形成するため、抗菌薬に抵抗する薬剤耐性を示し慢性難治性持続感染症となる.このような感染症をバイオフィルム感染症と呼ぶ.
2.3 膀胱炎の症状
2.3.1 急性単純性膀胱炎
急性単純性膀胱炎の症状は、細菌感染による膀胱上皮の急性炎症により、排尿痛、頻尿、尿意切迫感、下腹部不快感、残尿感などの症状を伴い、膿尿による尿混濁や肉眼的血尿を訴えることもある.症状の発症は急であり、かなりはっきりした症状を訴える.しかし、発熱などの全身症状はみられず、他の全身症状も軽症のものが多い.38℃以上の高熱があれば腎盂腎炎の併発を考えるべきである.治療により症状は数日で改善する.
2.3.2 複雑性膀胱炎
複雑性膀胱炎の症状は、急性単純性膀胱炎よりも軽いが、基礎疾患の症状が加わり複雑になる.慢性持続期には感染症としての臨床症状に乏しいことが多いが、急性増悪すると急性単純性膀胱炎と同様の症状を示すことが多い.膀胱炎のみであれば発熱はみられないが、尿流障害や尿路の異物が存在する場合は上部尿路感染である腎盂腎炎を引き起こすことがよくある.男性では、細菌性前立腺炎や精巣上体炎を併発することもあり、こういった場合は発熱や倦怠感などの全身症状を呈する.また、前立腺肥大や膀胱結石などの基礎疾患の症状が前面に出ることがあり、基礎疾患の症状が加わって症状が複雑になる.
2.3.3 他の膀胱炎
小児に好発するアデノウイルスによる急性出血性膀胱炎やシクロホスファミドによる出血性膀胱炎などは、血尿が主症状となる.
2.4 膀胱炎の診断
2.4.1 急性単純性膀胱炎
急性単純性膀胱炎の診断は、女性の場合は典型的な臨床症状があれば比較的容易である.尿検査で膿尿を認めることが診断の決め手となる.確定診断には、尿定量培養により起炎菌の同定とその菌量を測定する.膀胱粘膜の正常な毛細血管網が消失し、充血、発赤、浮腫、出血、表層上皮の剥脱、びらん、膿苔などの変化が同時に生ずることがある.膀胱鏡所見では、膀胱粘膜の著明な発赤と浮腫がみられる.膀胱炎と同様の症状を呈するが、細菌感染が明らかでない場合は、尿道症候群と呼ぶことがある.
2.4.2 複雑性膀胱炎
複雑性膀胱炎の診断は、尿路の機能的基礎疾患や器質的基礎疾患を有する患者が、排尿痛、頻尿、残尿感などの症状を伴い、尿検査で膿尿を認めることで診断される.尿定量培養で起炎菌の同定と菌数の測定を行うが、複雑性膀胱炎では薬剤耐性菌の頻度が高いため、薬剤感受性試験も同時に施行する.膀胱粘膜には化生性、増殖性、結痂など二次性の病変が認められ、三角部や頚部に嚢胞や?胞を生じるものもあり、それぞれ、嚢胞性膀胱炎および?胞性膀胱炎とよばれる.尿路の基礎疾患の診断には、排泄性尿路造影、超音波検査、膀胱鏡などの検査を行う.残尿の有無や膀胱結石の存在を知ることは治療のうえでも重要である.男性の急性単純性膀胱炎はまれなため、男性が膀胱炎症状を訴える場合は当初より複雑性膀胱炎を念頭において診断が行われる.
2.4.3 他の膀胱炎
抗菌化学療法を行っても膀胱炎症状が改善しない場合は、結核など一般細菌以外の特異性感染や、非感染性の膀胱炎の検査を行う.
特異性感染は、膀胱結核や尿路結核などがある.膀胱結核は、近年その頻度は低下しているが、鑑別疾患として重要である.膀胱結核では尿の結核菌塗抹検査と結核菌培養で確定診断を行うが、最近はPCR法によるDNA診断で迅速診断が可能である.また、尿路結核は、肺病変から血行性にまず腎に病変をつくり、順行性に膀胱まで病変が広がるため、肺と腎を含めた尿路全体のX線検査が必要である.膀胱の炎症が高度になると不可逆的な萎縮膀胱となる.
非感染性の膀胱炎は、非感染性の間質性膀胱炎や膀胱の粘膜上皮内癌などがある.非感染性の間質性膀胱炎は、慢性的な排尿時の膀胱刺激症状と特徴的な膀胱鏡所見および他疾患の除外により診断されるが、原因は不明である.膀胱の粘膜上皮内癌は、頻尿や排尿痛など膀胱炎様症状を呈することがあり、鑑別疾患として忘れてはならない.この場合には、尿細胞診が有力な手段となる.
3. 現代医学による膀胱炎の治療
3.1 膀胱炎の治療法
3.1.1 急性単純性膀胱炎
急性単純性膀胱炎の標準的治療法は、経口抗菌薬による化学療法である.尿中排泄率の高い抗菌薬を選択投与する.起炎菌の大半は大腸菌であり、ペニシリン系やセフェム系のβ-ラクタム剤、キノロン剤、テトラサイクリン薬、ST合剤などがあり、反応性はきわめて良好である.治療期間は、感受性があれば3日間投与により十分な治療効果が得られ、1日あるいは単回投与でも有効性が期待できる.3日間投与しても症状や尿所見の改善が得られないときは、他剤に変更する.7日間投与でも効果がなければ尿路に基礎疾患のある複雑性膀胱炎を考慮する.保温、安静を保たせ刺激性食物を避け、水分摂取を十分に行う、排尿を我慢しない、陰部を清潔に保つことで利尿による自浄をはかる.感染のある間は性交渉を控え、アルコールなどの刺激性飲食物の摂取を避ける.日常生活や入浴は特に制限する必要はない.
3.1.2 複雑性膀胱炎
複雑性膀胱炎は、排尿痛や頻尿などの症状がある場合は、抗菌薬による薬物療法を行う.起炎菌は種々の薬剤に耐性をもつ菌であることが多いので、感受性試験の結果により有効な薬剤を選択する.経口薬は、β-ラクタム剤やフルオロキノロン剤が選択されることが多い.投与期間は、単純性膀胱炎とは異なり、1~2週間と長期投与が必要となる.症状や尿所見の改善をみながら投与期間を決める.腎機能障害がある場合は、投与量や投与間隔も考慮に入れる.カテーテル留置などにより慢性的に膿尿と細菌尿が認められても、症状がなければ漫然と抗菌薬を投与すべきではない.これは、抗菌薬により菌を耐性化させる危険性があるためである.尿量を確保するために、水分を多く摂るように指導する.腎盂腎炎や前立腺炎あるいは精巣上体炎を併発し、発熱がみられるときは、β-ラクタム剤やアミノ配糖体などの抗生物質の点滴静注が選択される.5~7日間の点滴治療後、経口薬に変更しさらに治療を1~2週間継続する.複雑性膀胱炎は基礎疾患の治療を行わないかぎり再発を繰り返し慢性化することが多いため、急性期の薬物療法とともに、基礎疾患に対する治療を行う必要がある.器質的下部尿路通過障害や神経因性膀胱では、残尿の存在が膀胱炎の誘因となるため、残尿を減らすことが重要である.尿道からのカテーテル留置は感染を助長し、バイオフィルムを形成すると難治性となるため、カテーテルの長期留置は極力避けるべきである.基礎疾患の根治的治療ができない場合は、間欠的自己導尿法の指導が行われる.
3.1.3 他の膀胱炎
尿路結核は、イソニアジド、リファンピシン、エタンプトールなどの抗結核薬を長期間服用する.萎縮膀胱に対して手術的に膀胱拡大術を施行することもある.
間質性膀胱炎に対しては、種々の内服薬や膀胱内薬物注入療法が試みられているが、決定的な治療法がなく、排尿痛や頻尿が著明で、日常生活に著しい障害をきたす場合は、膀胱を摘除し尿路変向術が必要となることがある.
3.2 膀胱炎治療時の経過
臨床上頻尿、排尿時痛、尿混濁の3大主徴、および残尿感、下腹部不快感などの経過を確認する.臨床症状の他に、膿尿と細菌尿の併存の確認も行う.尿検査は清潔採取が望ましいため中間尿採取法やカテーテル採取法などにより膀胱尿を採取して検査を行う.
膀胱炎の誘因として、カテーテル挿入、性交、月経などの機械的刺激や、尿の停滞、便秘、妊娠、寒冷などがあげられ、上行性感染によるものが多いため誘因の存在に注意する.
慢性的に膀胱炎を繰り返す場合、基礎疾患を有している場合が多く、その原因となる疾患の治療も実施される.全身疾患としては糖尿病、痛風、神経因性膀胱の原因となる疾患があり、局所性の疾患には膀胱、尿道、前立腺の機械的あるいは器質的閉塞性疾患として膀胱結石、膀胱頸部硬化症、前立腺肥大症、尿道狭窄などがあるためこれらの疾患の治療経過も重要となる.
3.2.1 尿検査
膀胱炎治療時には頻繁に尿検査が行われる.尿検査では、中間尿を採取する.患者に対して常在菌に汚染されないように採尿することを説明する.外尿道口付近の分泌物や尿道の常在菌を洗い流すために排尿を少量行った後、滅菌容器に30~50m?の中間尿を採取してもらう.それが困難な場合に導尿を行う.
3.2.2 患者教育
患者教育では、第一に安静を指示する.頻回のトイレ通いや下腹部の鈍痛や不快感などで疲労やいらいらがあるため、必要に応じて尿器を使用し、安静を促す.下半身の冷えなどが病勢を悪化させるため、下腹部を温める温罨法をするとよい.温罨法は、湯たんぽやホットパックを用いて身体の一部に温熱刺激を与え、血管拡張、血流増加、代謝促進、鎮痛、排便や入眠促進などを図る治療法である.
次に水分摂取を指示する.水分を多量に摂取することにより、尿量を増加させて、感染尿を早く流出させ、尿を薄めて刺激を少なくする.患者にとって多量の水分摂取は、頻尿と排尿時痛といった苦痛を伴い、水分摂取を控えがちとなるため、患者の納得が得られるように十分な説明を行う.刺激物やアルコールは炎症症状を悪化させるので控えるように指導する.
水分を多量に摂取すると頻尿になる場合があるが、初期には膀胱の自浄作用を助けるので、一般的には頻尿に対する治療は積極的に行わない.どうしても苦しいときは頻尿改善薬を用いる.頻尿に加え、排尿痛が出現した場合は、鎮痛剤を適宜服用させる.一般に経口投与で十分であるが、必要に応じて坐薬や注射が用いられる.膀胱炎による発熱は、高熱になることはほとんどなく微熱であり、特別な治療は不要である.その他の症状に対しては主として対症療法を中心に行うのが一般的である.鍼灸治療においても、患者教育が極めて重要となる.
3.2.3 薬物療法
薬物の使用開始に伴い、尿回数、排尿時痛の程度、尿性状を観察する.一般的には、最初の投薬後数日以内に自覚症状、検尿所見ともに改善する.抗菌薬に薬剤耐性を示すことがあるため注意が必要となる.薬剤耐性を示す場合は、再発や再燃の予防が重要となる.この再発や再燃の予防に鍼灸治療が大きな効果を発揮することが期待される.
3.2.4 基礎疾患に対する治療
慢性的に起こる膀胱炎の場合、基礎疾患を有しており、以下に示すようにそれぞれの疾患に対する治療が実施される.
全身性疾患としては、糖尿病や高尿酸血症などがある.糖尿病の場合は、血糖のコントロールを中心に管理が行われる.糖尿病に由来して神経因性膀胱をきたし、膀胱の収縮が悪く残尿を発生することがあるため、血糖のみのコントロールでは不十分な場合もある.神経因性膀胱の場合は、脳血管障害、パーキンソン病、脊髄損傷、腰椎椎間板ヘルニア、直腸や子宮の悪性腫瘍に対する根治手術など、原発性に膀胱を支配している神経を侵すものが対象となる.高尿酸血症や痛風の場合は、血中の尿酸をアロプリノールなどで下げる.尿路結石が存在する場合は尿をアルカリ化させることが必要となる.
局所性疾患としては、膀胱結石や膀胱腫瘍などがあり、慢性的に膀胱炎症状が出現する.前立腺疾患では、前立腺肥大症、前立腺癌、膀胱頸部硬化症などで尿道の閉塞が起こり膀胱炎となる.これらの場合は、疾患の治療や残尿対策としてカテーテルを留置するが、カテーテルからの感染も十分に考慮する.閉鎖式にして尿バッグから尿を排泄するときには消毒を十分にして行う.尿道疾患の場合は、尿道狭窄の拡大はブジーなどで行われる.ブジーの施行後は、感染や尿道からの出血による膀胱タンポナーデを予防するため飲水を促したり、疼痛、出血、排尿パターンの観察を行う.
3.2.5 再発防止の指導
膀胱炎は軽快することが多いが、何らかの誘因が日常生活習慣のなかに隠されていることが多いため、再発や再燃することも少なくない.そこで、再発防止のための養生指導が重要となってくる.鍼灸治療においても、この再発防止の指導が極めて重要となる.特に軽快した直後は過労や身体の冷えに十分注意し、栄養、睡眠を十分とり体力をつける必要がある.
排尿の指導では、我慢することにより膀胱内細菌の増加を助長するため、尿意を感じたらすぐに排尿するよう促し、規則正しい排尿パターンに配慮するよう指導する.
清潔の指導では、不潔にすることで細菌の増殖の助長となってしまうため、入浴を促したり、外陰部の清潔保持、清潔な下着の着用を勧める.
泌尿器科患者の指導では、外陰部の直接的な視察(視診)に対しては年齢に関係なく強い羞恥心を抱く.一人ひとりに合った対応を考えて関わるように努め、観察やケアの際プライバシーの守れる環境を準備することが重要となる.
基礎疾患を有する膀胱炎患者の場合は、原因となっている疾患の治療が主体となっているため、原因疾患に対する理解や治療に対する受容ができるように説明する.
急性あるいは慢性にかかわらず膀胱炎の場合は、患者に対する指導が極めて重要となり、日常生活の指導も含めて継続的な指導が必要になる.
4.東洋医学による膀胱炎の治療
4.1 中医学における膀胱炎の分類
中医学では、膀胱炎は尿路感染症に分類される.尿路感染症の多くは、大腸菌、緑膿菌、クレブシェラ、プロテウスなどが尿路を侵し、尿道や膀胱、尿管、腎盂、腎などが炎症を起こしたものである.細菌の侵入経路は、主として上行性感染、血行性感染、リンパ行性感染である.臨床上、膀胱炎と腎盂腎炎とが多く見られ、女性の感染率が高い.中医学では、膀胱炎を含むこれらの疾患を淋病としている[5].淋病とは、頻尿、排尿痛、排尿の切迫した状態などを示す言葉で、性感染症の淋病とは異なる.尿路感染症には、非特異性細菌感染と、結核、淋疾、梅毒などによる特異性感染があるが、中医学による淋病の治療では非特異性の尿路感染症を対象にしている.
淋病は五淋に分類され、石淋、気淋、膏淋、労淋、熱淋よりなる.熱淋は急性の尿路感染症、石淋は尿路結石、気淋は前立腺肥大や神経性頻尿、膏淋は尿がクリーム状や米のとぎ汁状になるもの、労淋は過労からくる排尿異常のことで、膀胱炎は熱淋に含まれる.なお、血淋は、熱淋が進行したもので、熱が血に及び、血尿が出る.
淋病の主要原因は、腎が虚し、湿熱が下焦にこもり、膀胱の気化が異常になったためと考えられている.腎と膀胱は表裏関係にあり、相互に影響しあう.長期にわたって治癒しないと、腎陰あるいは腎陽が損なわれ、虚実が混じった病態を呈する.
4.2 淋病の臨床所見
淋病では、下腹部の膨満感、疼痛、膀胱部の圧痛が伴えば、急性膀胱炎とする.頻尿、尿意促迫、排尿痛だけであれば、急性尿道炎とする.更に、悪寒戦慄、高熱、腰痛、腎部の叩打痛がともなえば急性腎盂腎炎とする.淋病では、検尿すると大量の膿球や赤血球があり、甚だしい場合には血尿になる.尿の培養により起因菌を見出す.血液中の白血球数は増大する.慢性腎盂腎炎では、少量の蛋白尿があり、後期には円柱尿が現れる.尿円柱は、腎臓の尿細管で形成されるタンパク質の固まりで、尿検査で見つかる円柱状の物質が存在する状態を指す.
4.3 中医学における淋病の治療
4.3.1 刺鍼療法
淋病の治療原則は、膀胱の気化を疏通し、下焦の湿熱を清利する.清利とは、体内に溜まった余分な熱と湿を同時に取り除くことを指す.刺鍼療法の常用穴は腎兪、膀胱兪、中極、三陰交で、予備穴は次髎と曲泉である.治療方法は、毎日1回、5~10回を1クールとする.中あるいは強刺激、間歇運鍼法を用いる.間歇運鍼法は、鍼が目的の深さまで達したら、半分抜きしばらくしてそこに留め、また前の深さまで刺入し、しばらくそこに留めることを繰り返す.
選穴理由を以下に示す.腎兪は、腎臓の背兪穴であり、腎気を調節し水道を通利する.膀胱兪は、膀胱の背兪穴である.中極は膀胱の募穴であり、足の三陰経は上は小腹の中極で任脉と交わっている.三陰交は、足の三陰経が三陰交で交わっている.従って、三陰交に取り中極を配し、膀胱兪を補助に取ると、膀胱の湿熱の邪を清利し、下焦の気化を行きわたらせることができる.次髎は足の太陽経に属し、膀胱兪のすぐ横に位置していて、膀胱兪と同様の効能がある.曲泉は足の厥陰経の合穴であり、厥陰の脉は上に行って陰部をめぐって、少腹にいたり、下焦を清利する作用をもつ.
上記は、淋病の治療方法であり、淋病の予防に関する記載でははない.ただし、東洋医学は予防の医学でもあるため、膀胱の気化を疏通するとともに下焦の湿熱を清利する淋病の鍼灸治療を継続的に行うことで、淋病の予防も可能であると考えられる.
4.3.2 耳鍼療法
耳鍼療法で用いる常用穴は、耳の腎、膀胱、尿道で、備用穴は皮質下、交感、神門である.治療方法は、毎日あるいは1日おきに行い、5~10回を1クールとする.中あるいは強刺激を行う.置鍼は30分で、間歇運鍼法を用いる.
4.3.3 その他の治療法
温鍼療法は、慢性膀胱炎や慢性腎盂腎炎に適する.温鍼療法とは、鍼と温灸を組み合わせた治療法で、お灸、漢方薫蒸、温かい薬膳などが用いられる.常用穴は腎兪、膀胱兪、次髎、中極、関元となる.温鍼療法の治療方法は、各穴に灸を3~5壮をすえる.銀鍼を持続しながら棒艾灸で加温してもよい.
赤医鍼療法は、常用穴は赤医穴、腰1穴、腰4穴となる.赤医鍼療法は、身体の不調を気、血、津液の滞りや不足として捉え、これらのバランスを修正する外科的治療として位置づけられている.刺リンパ節療法では、鼠経リンパ節1~2個を取り、リンゲル液0.5mLをそれぞれに注入する.
4.3.4 淋病の処方実例
新医療法手冊では、腎兪、築賓、復溜、帰来、飛揚、中極から毎回2~3穴を取る.治療方法は、強刺激を用いる.
中国鍼灸学では、急性膀胱炎には、大腸兪、膀胱兪、上髎、中髎、足三里、血海、陰陵泉、三陰交に取り、強刺激を用いる.慢性膀胱炎には、腎兪、上髎、中髎、気海、中極に取り、毎日温灸をする.急性腎盂腎炎には、腎兪、大腸兪、委中、血海、足三里、三陰交、大鐘を取り、強刺激を用いる.慢性腎盂腎炎には、三焦兪、腎兪、次髎を取り、軽刺激を用いる.さらに棒艾灸を用い、足三里、委中にも刺鍼する.
鍼灸資生経では、曲骨、中極、復溜、次髎、太衝を取る.曲骨は、五淋の黄色尿をいやし、中極は五淋の赤渋の尿を治し、復溜は五淋の小便が火のように散るのを治し、次髎は赤淋を治し、太衝は淋を治す.
東垣十書では、血淋には気海、関元をとり、熱淋には関元、気衝を取る.
4.3.5 淋病治療時の注意事項
鍼灸で本症を治療すれば、尿路の刺激症状は改善する.治療期間中は、お湯や水を多く飲む必要がある.ただし、慢性腎盂腎炎が腎臓までおよび、排泄機能が不完全の場合は、飲水量を適度に調節する.高熱がつづき下がらない場合は、中西医合作による総合治療を考慮する.
婦人は月経、出産、妊娠時の性器の衛生に注意する.幼児はおむつを繰りかえし取りかえて尿路感染を予防する.
4.4 日本鍼灸における膀胱炎の治療
日本で実施されている鍼灸治療に関する書籍に記載されている内容を示す.
鍼灸重宝記に記載された淋病と小便閉の治療穴は、鍼は、関元、侠渓、三陰交.灸は、腎兪、膀胱、小腸、中髎、三陰交、神闕、石門[6].鍼灸神髄に記載の膀胱痛の治療穴は、関元または中極、気海[7].鍼灸治療医典に記載の治療穴は、気海、腎兪、大腸兪、小腸兪、腹結、盲門、志室、関元兪、風池、肝兪、脾兪、膀胱兪、至陽、痞根、章門、期門、石門、関元、天枢[8].名灸穴の研究等に記載の膀胱炎の治療穴は、胞肓、足三里と解渓の真中の圧痛点に多壮灸(30壮)、三陰交と懸鐘の両側四穴の貫抜き多壮灸、復溜に多壮灸、大赫、居髎、曲骨または中極に2~3壮、膀胱兪または腎兪[9-11].鍼灸臨床医典に記載の膀胱炎の治療穴は、局所取穴として会陰、曲骨、中極、膀胱兪、次髎、横骨.近隣取穴として陰廉、五里、陰包、曲泉、血海、期門.循環取穴として曲差、上天柱[12].奇経治療では、任脉(列欠)か陰蹻脉(照海)、肝虚が多い[13].長野式治療には、中封、曲泉に補法、行間に瀉法、至陰、足通谷に補法、崑崙に瀉法、尺沢に雀琢.皮内針は、中極、灸蠡溝、腰兪.あるいは、別な組み合わせとして、照海と尺沢に置鍼、蠡溝に多壮灸、中極に皮内針[14].経穴解説には、然谷、中極、復溜、照海、太渓、曲骨、横骨、膀胱兪から胞肓[15].
経絡治療では、脾虚熱証として、本治法として大陵と太白に補法[16].圧痛があれば地機や陰陵泉.委中、飛揚を補瀉.瘀血で圧痛があれば蠡溝と曲泉を瀉法.本治法の補助穴として、腹部では中極と大赫で膀胱の熱を瀉す.関元、石門、陰交、天枢、中脘も用いる.背部では、陽綱、痞根、胞肓、秩辺、腎兪、志室、大腸兪、膀胱兪、次髎、中髎など.標治法は、足三里と解渓の中間、三陰交の透熱灸、帰来や気衝から尿道に向けて刺す、八髎穴を用いる.首藤傳明症例集には、肝虚証が多く、腎虚証、肺虚証もある[17].曲骨から陰交までの気海、関元、中極.腎経は大赫、気穴、四満.背部は、次髎、中髎、膀胱兪、胞肓、腎兪、志室、上仙.下肢は、三陰交、曲泉、跗陽を用いる.灸では、気海、中極、三陰交あるいは曲泉、腎兪、次髎を用いる.予防の灸療では、三陰交、気海あるいは中極を用いる.
4.5 学術誌における発表
学術誌に掲載された論文を示す.膀胱炎の治療穴として、排尿痛という症状に対して著効を現わす女膝(奇穴)を使用した報告がある[18].治療方法では、共通治療としてステンレス製寸六3番鍼(長さ50mm、直径0.20mm)を使用し、特に過敏な患者にはステンレス製寸六1番鍼(長さ50mm、直径0.16mm)を使用した.刺入方向は直刺で、刺鍼の深さは2~3cm.治療穴は曲骨、帰来、上膠、腎兪他とし、肝兪、三陰交、曲池を加えることもあった.曲骨の刺鍼は、恥骨結合の内面に沿うように内下方に向けて刺入した.刺鍼の深さは鍼の響が尿道に感ずる程度とした.排尿痛では女膝に米粒大7~15壮を実施した.女膝の部位は、踵部の中央で足甲部と足底部の境界線である赤白肉際の上とした.女膝の施灸の姿勢は、腹臥位で、つま先を立てて行なった.1回の治療で排尿痛は軽減し、3回の治療で完治した.
間質性膀胱炎患者9例に対して仙骨部鍼治療を施行し、その有用性を検討した報告がある[19].症例は男性1例、女性8例(平均59歳)であった.内2例は既存の治療に抵抗した難治例であり、7例は未治療例であった.治療は仙骨部に鍼を刺入し10分問の徒手的刺激を週1回の間隔で計12回施行した.排尿記録および疼痛の程度をVAS(Visual analog scale)で評価し、知覚神経自動検査装置(Neurometer)を用いて膀胱のC線維の知覚閾値を選択的に評価した.その結果、排尿回数は、鍼治療前の20回/日から、鍼治療4回後に15回/日、鍼治療8回治療後に12回/日、鍼治療12回後に10回/日に減少し、痛みのVASは、鍼治療前の87mmから、54mm、41mm、48mmに改善した.最大1回排尿量は鉞治療前の183mlから、244ml、282ml、272mlと増加した.NeurometerによるC線維の知覚閾値は、鉞治療前は0.050mAで、4回治療後0.058mAであった.鍼治療は問質性膀胱炎に対して外来で施行可能な治療の選択肢の1つになると考えられた.
間質性膀胱炎の治療成績の報告もある[20].対象は、2004年1月から2010年10月までに間質性膀胱炎と診断した男性2例、女性23例.年齢は23から81歳で、中央値は61歳であった.症状出現から診断までの期間は平均37ヶ月であった.内服と生活指導のみは1例、外来での局所麻酔下膀胱水圧拡張術は5例で症状の改善が継続できた.再発性難治症2例に鍼灸治療を試行し24ヶ月以上再発なく経過した.鍼灸治療が効果的であった症例もあり、鍼灸治療は後療法のオプションの一つになると考えられた.
内科疾患に対する鍼灸経絡治療の有用性につて検討した報告に膀胱炎が含まれている[21].世界保健機構(WHO)の1996年の報告において、鍼灸は痺れや痛みを緩和する神経内科系疾患や運動系統疾患のほか、循環器系、呼吸器系、消化器系、婦人科系、小児科疾患など幅広い分野に治療適応を有するとされた.ここで、生殖および泌尿器系疾患では、膀胱炎、尿道炎、性機能障害、尿閉、腎炎、前立腺肥大、陰萎があげられている.
難治性間質性膀胱炎における鍼灸治療の臨床的検討に関する報告がある[22].鍼の刺入部位は次髎、中髎、下髎とした.次髎と下髎に長さ50mm直径0.3mmのステンレス鍼を皮膚に対して垂直に約10mm刺入し、灸頭鍼による輻射熱で温熱刺激を与えた.中髎には長さ75mm、直径0.3mmのステンレス鍼を正中に向かい骨膜まで刺入した.次髎、中髎に3Hzで20分間、患者が痛みを感じない強度の電気刺激を1週間に1回行った.鍼灸治療は本治療に熟知した鍼灸師が施行した.8例の難治性間質性膀胱炎に対して仙骨部の次髎、中髎、下髎の鍼灸治療により3例の有効例を認め、長期間の臨床的緩解例を経験した.下部尿路機能障害に対する鍼灸治療に次髎や中髎といった仙骨部の刺激点が古くから使用されてきたため使用した.作用機序は、これらの刺激点は仙骨排尿中枢にも近く、鍼灸刺激が仙髄排尿中枢へ作用するものと考えられた.ラットに仙骨部鍼刺激を行った実験では、鍼刺激が膀胱機能に対し抑制的に作用し膀胱容量を増大させ、収縮を抑制している可能性が示唆されており、仙骨部鍼刺激はカプサイシン感受性C繊維を介した頻尿に対して抑制的に作用すると報告されている.このように鍼治療は、神経調整療法(Neuromodulation)に類似する神経系を介した作用によって下部尿路症状を改善させると考えられている.鍼治療は手技的な標準化や作用機序の究明などの問題はあるものの、非侵襲的であり、膀胱水圧拡張術の後療法として有効な代替法となることが示唆された.
間質性膀胱炎膀胱痛症候群診療ガイドライン[23]では、“(interstitial cystitis OR bladder pain syndrome) AND acupuncture”のキーワードでPubMedの検索を行い24編を得た.このうちの3編[24, 25, 26]と、尿意切迫感や頻尿などの下部尿路症状を有する患者への鍼治療の文献[27, 28]を加えた.推奨グレードはC1(行ってもよい)であった.有効性の根拠はレベル4と低く、無効とする根拠はレベル3となっており、無効とするほうがレベルが高い.鍼治療は、副作用はほとんどなく、外来で治療でき、比較的非侵襲的な伝統的な治療である.その作用機序は曖昧ながら、一部の尿意切迫感や頻尿などの下部尿路症状を有する患者には有効とされる.しかし、間質性膀胱炎 膀胱痛症候群(Interstitial Cystitis/Bladder Pain Syndrome:IC/BPS)に対する有効性は限られており、また一時的なものである.プラセボ効果が大きいことも懸念される.
Changは、尿意切迫感、頻尿、排尿障害を伴うIC/BPS患者52例のうち26例に三陰交(SP6)、残りの26例に足三里(ST36)に鍼治療を行った[27].三陰交に鍼を受けた患者の84.6%(22例)が改善し、うち65.4%(17例)は症状が消失した.しかし、1年後および3年後には効果が持続しておらず、繰り返しの鍼治療が必要とされた[28].Geirssonらは、12例のIC/BPS患者に経皮的電気神経刺激(transcutaneous electrical nerve stimulation:TENS)と鍼を脛骨神経に施行するクロスオーバー試験を行い、5例のうち1例だけ鍼治療後も3ヶ月間効果が持続したと報告した[24].Sonmezらは、難治性IC/BPS患者12例に対して鍼治療を週2回、5セッション実施した.疼痛スコアは施術後1年間は有意な改善を維持したものの、疼痛以外の症状の改善は1年しか持続しなかった.全体の治療奏効率は、施術後3、6、12ヶ月でそれぞれ100、33.3、16.6%であり、効果は一定程度継続した[25].O’Reillyらは58例の米国国立糖尿病 消化器 腎疾患研究所(National Institute of Diabetes and Digestive and Kidney Diseases:NIDDK)の基準を満たす患者に対し、三陰交にパルスレーザー刺激治療(29例)とプラセボ(27例)の二重盲検試験を施行した.12週後の症状は群内では改善したが、群間では有意差がなく、プラセボ効果が示唆された[26].
間質性膀胱炎 膀胱痛症候群診療ガイドラインの改訂による鍼または鍼灸に関する推奨度の変化をみると[29]、間質性膀胱炎は、2007年のC(行うよう勧めるだけの根拠がない)から、2019にはC1(行ってもよい)に推奨度が改善した.根拠レベル4、無効とする根拠レベル3であるが、副作用はほとんどなく外来で治療できるとなっている.
5.症例
患者は40歳代の女性.初診はX年2月Y日.主訴は膀胱炎.現病歴は、X-34年に膀胱炎を発症した.X-3年から3~4ヶ月に1回の頻度で膀胱炎が起きるようになった.基礎疾患はなく、発症頻度が1年間に3回以上となるため、急性単純性膀胱炎の再発を繰り返す再発性膀胱炎と思われる.膀胱炎になりかけるのは毎月ある.病院では抗菌薬を処方され、2週間程度で治癒した.膀胱炎が再発することによる抗菌薬の繰り返し投与で薬への耐性ができてしまい、その都度抗菌薬を変更する必要があった.使える抗菌薬が無くなってきたので、鍼灸治療で抗菌薬を使わなくても膀胱炎にならないようにしてほしいと来院した.膀胱炎になると、下腹部がむずがゆくなり、炎症が起こると腹部が痛くなる.発現因子は、疲れ、冷え、トイレに行けないとき.増悪因子は、摂取する水分の減少、下腹部がむずがゆくなってきた時、腹部が痛くなった時.軽減因子は、水分を多めにとったとき.他の愁訴は、第9胸椎から第12胸椎の右側の背中の張り、胃や肝臓のところが張ったり痛くなる、胃の調子が悪い、喉が渇くので水を飲みたくなる.
望診は、身長150㎝、体重50㎏.普通体形.血圧は収縮期が110mmHg、拡張期が70mmHg、尺膚の色は白色.聞診は、元気な声で、五音は商、五声は呼、五香は不明.
問診は、食事は1日2~3食で、夕飯は夜9時から10時で腹いっぱい食べる.甘く辛い味を好む.睡眠はよく眠れている.排尿は、1日5回で、夜1回トイレに起きる.便は普通便で1~2日に1回排便する.喫煙は無し.飲酒はときどきビールを2?ほど飲む.スポーツは、ジムに週に1~2回通っている.目が疲れており、ストレスを感じる.考え事をよくする.下半身がだるい.既往歴は、花粉症、冬になると咳喘息になる.服用薬は、ビタミンCと乳酸菌.鍼灸の経験は、整骨院で首、肩、腰にしてもらったが、本格的な鍼灸治療は経験がない.お灸は、母が良くやっていたので、馴染みはある.
切診は、柔らかな体で、体脂肪が多目の印象がある.
腹診は、全体に膨らんでいる.大腹は張りがあり、小腹は弱く感じる.肝の診所がへこんでいて最も虚、腎の診所は力なく次いで虚.肺と脾の診所は堅く張っていて実.心の診所は平であった.
脉診は、脉状診は沈平虚.比較脉診は、肝の脉は押すと潰れて最も虚、腎の脉も力なく次いで虚、脾の脉は実、他の脉は平とした.
症状を経絡的弁別すると、五声の呼、目の疲れ、ストレスは肝木経の変動.膀胱が発症部位、下半身がだるいのは腎水経の変動.五音の商、咳喘息、尺膚の白、辛いものを好むのは肺金経の変動.腹いっぱい食べる、胃の不快感や張り、考え事が多い、甘いものを好むのは脾土経の変動と診た.
以上を総合的に判断して肝虚証とした.病証に偏りはなく、女性のため、適応測は右とした.
膀胱炎を発症しても効く抗菌薬はいくつか残っているため、予後は良とした.膀胱炎の鍼灸治療を継続的に行うことで、膀胱炎の予防が可能であると考えて治療を行った.
治療1回目は、本治法として銀製寸三1番鍼(長さ40mm、直径0.16mm)による接触鍼とし、最も脉が整った右中封に補法を行った.検脉すると肝の脉の輪郭が明瞭になった.右太渓にも同様に補法を行った.腹診にて皮膚に張りが出た.胆、胃、大腸、三焦の脉に邪を感じたので、ステンレス製寸三1番鍼による接触鍼として、右光明、右豊隆、右外関、右偏歴に表面を補う瀉法を行った.標治法では、伏臥位で、虚している脾兪、腎兪、胞肓にステンレス製寸三1番鍼を置鍼した.脉が崩れていないことを確認して治療を終了した.本治法の時点で、背中の張りが取れたとのことであった.
治療2回目(X年3月、Y+2日)背中の張りは戻ってきている.腹診は肝と腎の虚、脉状診は浮平虚、比較脉診は肝と腎の虚.肝虚証として、右曲泉と右陰谷に補法を行った.標治法として、左太衝、右内関、百会にステンレス製寸三1番鍼を置鍼した.伏臥位では、肝兪と腎兪にステンレス製寸三1番鍼を置鍼し、大腸兪、次髎、胞肓にステンレス製寸三3番鍼(長さ40mm、直径0.20mm)を置鍼した.
治療3回目(X年3月、Y+5日)治療後は、よく眠れて体調が良い.背中の張りは問題なくなった.食べ過ぎてしんどい.腹診は肝と腎の虚、脉状診は沈平虚、比較脉診は肝と腎の虚.肝虚証として、右曲泉、右陰谷、右復溜、右商陽に補法を行った.また、邪を感じた右光明、左飛揚、右偏歴に表面を補う瀉法を行った.標治法として、腎の脉をもう少し出したかったので、左照海と右列欠に置鍼し、百会にも置鍼した.蠡溝に、温筒灸である山正の長安NEO DX(レギュラー)を1壮施灸した.伏臥位で、肝兪、志室、次髎、胞肓に置鍼した.
治療6回目(X年3月、Y+17日)膀胱炎になりそう.汗をかいて冷えた.風呂に入っても芯が冷えている.腹診は腎と脾の虚、脉状診は沈平虚、比較脉診は脾と腎の虚.腎虚脾虚証として、右太渓と左太白に補法、右外関、右偏歴に表面を補う瀉法を行った.標治法として、左照海と右列欠に置鍼し、三陰交に温筒灸を1壮施灸した.伏臥位で、脾兪、腎兪、次髎、胞肓に置鍼した.
治療8回目(X年3月、Y+28日)5日前に膀胱炎になり、翌日病院に行って抗菌薬を処方された.腹診は肝と腎の虚、脉状診は沈平虚、比較脉診は肝と腎の虚.腎虚では膀胱炎を予防できないと考え、肝虚証に戻した.右曲泉と右太渓に補法、左光明、右豊隆、右偏歴に表面を補う瀉法を行った.標治法として、肝の脉をもう少し出したかったので、左太衝と右通里に置鍼し、三陰交に温筒灸を1壮施灸した.伏臥位で、肝兪、腎兪、胞肓、次髎に置鍼し、次髎に温筒灸を1壮施灸した.養生指導として、五臓スコアを用いた体質診断を実施した.
治療9回目(X年3月、Y+31日)膀胱炎にならないようにしてほしい.腹診は肝と腎の虚、脉状診は浮平虚、比較脉診は肝と腎の虚.肝虚証として、右中封、右復溜、右太渓に補法を行った.標治法として、右照海、右列欠、百会に置鍼し、大巨、中極、三陰交に温筒灸を1壮施灸した.伏臥位で、肝兪と胞肓に置鍼し、腎兪、大腸兪、次髎に温筒灸を1壮施灸した.以降は、大巨、中極、三陰交、腎兪、次髎を膀胱炎に対する標準的な治療穴とした.
治療15回目(X年4月、Y+56日)4日前に膀胱炎になりかけたが漢方薬で2時間ほどで治った.腹診は肝と腎の虚、脉状診は浮平虚、比較脉診は肝と腎の虚.肝虚証として、右太衝と右太渓に補法、右光明、右豊隆、右外関に表面を補う瀉法を行った.標治法として、左太衝と左内関に置鍼し、大巨、中極、三陰交に温筒灸を1壮施灸した.伏臥位で、天柱、肩井、肝兪、大腸兪に置鍼し、志室、次髎に温筒灸を1壮施灸した.なお、志室の温筒灸は、治療11回目(X年4月、Y+42日)より腎兪の代わりに実施した.これまで摂取してきた乳酸菌だけでなく酪酸菌による免疫力の向上について説明した.
治療21回目(X年5月、Y+82日)体が冷えて膀胱炎になりそうなので、体を温めてほしい.腹診は腎と肺の虚、脉状診は浮平虚、比較脉診は腎と肺の虚.腎虚証として、左復溜と左太淵に補法、右豊隆と右遍歴に表面を補う瀉法を行った.標治法として、右照海、右列欠、百会に置鍼し、大巨、中極、三陰交に温筒灸を1壮施灸した.腹部を赤外線加熱機で温めた.伏臥位で、肝兪、脾兪、志室、京門、大腸兪、次髎、湧泉に温筒灸を1壮施灸した.
治療23回目(X年5月、Y+86日)お腹がむずむずするので、膀胱炎になりそう.腹診は肝と腎の虚、脉状診は沈平虚、比較脉診は肝と腎の虚.肝虚証として、右曲泉、右陰谷、右太渓に補法、右豊隆に表面を補う瀉法を行った.標治法として、右太衝、左内関、百会に置鍼し、大巨、中極、三陰交に温筒灸を1壮施灸した.伏臥位で、柳谷風池、肩井、肝兪、大腸兪に置鍼し、志室、次髎に温筒灸を1壮施灸した.
治療34回目(X年8月、Y+161日)膀胱炎の心配なし.腹診は腎と脾の虚、脉状診は浮平虚、比較脉診は腎と脾の虚.腎虚脾虚証として、右太渓と左太白に補法、右光明、右豊隆、右遍歴に表面を補う瀉法を行った.標治法として、左臨泣と右外関に置鍼し、大巨、中極、三陰交、足三里に温筒灸を1壮施灸した.伏臥位で、天柱、柳谷風池、肩中兪、脾兪に置鍼し、大椎、腎兪、次髎に温筒灸を1壮施灸した.
治療44回目(X年10月、Y+245日)膀胱炎のような違和感がある.腹診は腎と肺の虚、脉状診は浮平虚、比較脉診は腎と肺の虚.腎虚証として、左復溜と左経渠に補法、右光明、右飛揚、右遍歴、右外関に表面を補う瀉法を行った.標治法として、右照海、右列欠、百会に置鍼し、大巨、中極、三陰交に温筒灸を1壮施灸した.腹部を赤外線加熱機で温めた.伏臥位で、上天柱、肩中兪、大腸兪に置鍼した.
治療47回目(X年11月、Y+273日)膀胱炎になりそう.腹診は肝、腎、脾の虚、脉状診は浮平虚、比較脉診は腎と肺の虚.腎虚証として、右復溜と右尺沢に補法、右豊隆と右遍歴に表面を補う瀉法を行った.標治法として、右照海と右列欠に置鍼し、大巨、中極、三陰交に温筒灸を1壮施灸した.伏臥位で、天柱、肩中兪、脾兪、大腸兪に置鍼し、腎兪、次髎に温筒灸を1壮施灸した.
治療52回目(X+1年1月、Y+315日)膀胱炎気味.腹診は肝と腎の虚、脉状診は浮平虚、比較脉診は肝と腎の虚.肝虚証として、右曲泉と右陰谷に補法、右豊隆と右遍歴に表面を補う瀉法を行った.標治法として、左照海、右列欠、百会に置鍼し、大巨、中極、三陰交に温筒灸を1壮施灸した.伏臥位で、風池、肩井、肝兪、脾兪に置鍼し、大椎、腎兪、次髎に温筒灸を1壮施灸した.
治療54回目(X+1年1月、Y+336日)膀胱炎になりそう.腹診は肝と腎の虚、脉状診は沈平虚、比較脉診は肝と腎の虚.肝虚証として、右曲泉と右復溜に補法、右飛揚、右豊隆、右遍歴、右外関に表面を補う瀉法を行った.標治法として、右照海、右列欠、左臨泣、右外関、百会に置鍼し、大巨、中極、三陰交に温筒灸を1壮施灸した.腹部を赤外線加熱機で温めた.伏臥位で、天柱、肩中兪、肝兪、脾兪に置鍼し、腎兪、大腸兪、次髎に温筒灸を1壮施灸した.背部も赤外線加熱機で温めた.
治療56回目(X+1年2月、Y+357日)先週、膀胱炎になった.先々週は忙しくて2時間程度しか寝ていなかった.生理前だったので、膀胱炎を心配していた.腹診は腎と肺の虚、脉状診は沈平虚、比較脉診は腎と肺の虚.腎虚証として、右復溜と右太淵に補法を行った.標治法として、右照海、右列欠、百会に置鍼し、大巨、中極、三陰交に温筒灸を1壮施灸した.伏臥位で、天柱、肩中兪、肝兪、脾兪に置鍼し、腎兪と次髎に温筒灸を1壮施灸した.
治療60回目(X+1年4月、Y+406日)2日前に膀胱炎が出そうだった.腹診は肝と腎の虚、脉状診は沈平虚で弱い脉、比較脉診は肝と腎の虚.肝虚証として、右曲泉と右陰谷に補法、右光明、右豊隆、右遍歴に表面を補う瀉法を行った.標治法として、右照海、左列欠、百会に置鍼し、大巨、中極、三陰交に温筒灸を1壮施灸した.腹部を赤外線加熱機で温めた.伏臥位で、肩中兪、肝兪、脾兪に置鍼し、大椎、腎兪、大腸兪、次髎に温筒灸を1壮施灸した.背部も赤外線加熱機で温めた.
治療65回目(X+1年6月、Y+462日)膀胱炎は気にならない.腹診は肝と腎の虚、脉状診は沈遅虚、比較脉診は肝と腎の虚.肝虚証として、右曲泉と右復溜に補法、右光明と右豊隆に表面を補う瀉法を行った.標治法として、右照海、左列欠、右衝陽、百会に置鍼し、大巨、中極、三陰交に温筒灸を1壮施灸した.伏臥位で、肩井、肩中兪に置鍼し、腎兪、大腸兪、次髎に温筒灸を1壮施灸した.治療間隔は月2回となり、治療間隔を開けても4ヶ月間膀胱炎になっておらず、膀胱炎の予防の治療を終了した.
6.考察
本症例は、基礎疾患はなく、発症頻度が1年間に3回以上となるため、急性単純性膀胱炎の再発を繰り返す再発性膀胱炎と思われる.急性膀胱炎は、抗菌薬で治療が可能であるが、膀胱炎を繰り返したために、抗菌薬が効きにくくなる薬剤耐性を示して使用できる抗菌薬が限られた.そこで、抗菌薬を投与しなくてもよいように、鍼灸治療により、膀胱炎を予防するとともに、膀胱炎が起こりにくい体質への改善を目的に鍼灸治療を行った.
6.1 治療効果
鍼灸治療による効果を明らかにするために、治療回数と症状の継時変化を図1に示す.横軸は、治療開始後の期間を示し、縦軸は、1ヶ月あたりの治療回数、膀胱炎になりそうといった膀胱炎の前駆症状が現れた回数、および膀胱炎になった回数を示す.ひと月当たりの治療回数は9日から1日に減少した.前駆症状の回数は、0回の場合と2~3回の場合が継続的に存在したが、夏期は0日が継続した.
図1 治療回数と症状の継時変化
治療回数が減少しても、前駆症状の回数はほとんど変わらなかったことから、免疫力が向上して治療回数を減らすことができたと考えられる.2回目の膀胱炎を発症したのは、1回目の膀胱炎の12ヶ月後となっており、免疫力は向上したものの、体が冷えやすい冬期に膀胱炎を発症しやすくなったと考えられる.治療開始以前は、膀胱炎に3~4ヶ月に1回罹患しており、前駆症状は毎月発生したのに対して、鍼灸治療開始後は膀胱炎は12ヶ月に1回と1/3以下になり、前駆症状は17ヶ月で9回と1/2程度となっており、膀胱炎の予防に対して鍼灸治療の効果があったと考えられる.
6.2 本治法
本治法に関しては、治療8回目において、腎虚証で治療すると膀胱炎を発症する可能性が高まると考えて肝虚証で治療を行った.そこで、本治法の証の比率を検証した.肝虚証が66%、肝虚脾虚証が5%、腎虚証が18%、腎虚脾虚証が11%であった.まとめると肝虚証と腎虚証の割合は71%と29%となり、肝虚証の治療比率が高くなった.首藤傳明症例集[17]にも、肝虚証が多く、腎虚証、肺虚証もあると記載されており、今回の結果と符合している.膀胱炎の前駆症状が現れた際の治療時の証の比率を求めた結果、肝虚証が55%(6回)、腎虚証が45%(5回)となった.前駆症状が現れた場合は腎虚証の比率が高いことから、睡眠不足などで腎虚となり、腎虚証に対する治療を行っても睡眠不足や疲労などの影響が十分に改善せず膀胱炎になったと考えられる.このことから、通常は肝虚証で推移していたものが、腎虚証に変わった際には、膀胱炎の発症の危険性が高まっていると患者に伝えて、膀胱炎を発症しないように日々の養生を心がけるように指導する必要があると考えられる.
6.3 八脉交会穴
標治法として、治療3回目から、奇経の八脉交会穴である照海と列欠を用いた.肝虚証あるいは腎虚証において、本治法の後に、主に腎の脉が十分に出ていない場合に用いた.照海は陰蹻脉で、陰蹻脉の主治は下肢寒冷、膝関節部疼痛、上衝、生殖器(性機能)、神経症とされる[32].腎経の症に似て、腎経の補瀉の効なきものとされており、腎の脉が十分でない場合の利用も示されている.列欠は妊脉で、妊脉の主治は生殖器、膀胱疾患、上衝、神経症とされる.陰過剰による疾患、下腹部から正中線にかけての種々の愁訴とされており、膀胱炎は膀胱疾患であるとともに、膀胱が下腹部の正中線に位置しているために膀胱炎に対する効果が期待される.
鍼灸聚英巻五に記載されている竇氏八穴の照海の主治には、小便冷痛、小便淋渋不通、膀胱気痛とあり、膀胱炎の症状が含まれる.治療方法は、まず照海を取り、その後に列欠を取る.まず主証の穴を刺し、病に応じて左右上下の患部にある穴を取る.経脈の流れに従って導き、按じて気をめぐらせて邪を除く.病が治まらなければ、合穴を求めて用いる.それでも治まらない場合は、さらに求めて加える.鍼はしばらく留めて気を待ち、上下の気を互いに通じさせる.患者がすっきりして苦しみがなくなってから、その後に鍼を抜くとある.今回の症例でも、先に照海に刺鍼し、次に列欠に刺鍼した.列欠の主治には、小便不通とあり、膀胱炎の症状が含まれる.治療方法は、まず列欠を取り、その後に照海を取る.
奇経は、急性慢性の区別なく、臨床の大部分に適用でき、簡単かつ適確に治効をおさめることのできる非常に優秀な治療概念とされており[33]、八脉交会穴を使用したことにより、膀胱炎の予防効果が高まったと考えられる.
6.4 温筒灸
治療9回目から、骨盤内を温めることを目的に大巨、中極[5, 7, 9-12, 14-18]、三陰交[5, 6, 9-11, 16-18, 26, 27]、腎兪[5, 6, 9-11, 16-18]、次髎[5, 12, 16, 17, 22]を標準的な治療穴として温筒灸を実施した.これらの経穴は、書籍にも膀胱炎の治療穴として多くの記載がある.また、これらの経穴は、月経痛や妊活に用いられている経穴とほぼ一致する.月経が近くなると膀胱炎になりそうになるという患者の発言から、膀胱炎は月経と関連しており、月経に関連する治療穴が膀胱炎の予防にも効果があると考えて選穴した.古典においても、これらの経穴は、いずれも膀胱炎の症状に関連した泌尿器症状の治療穴となることが、下記のように示されている[6,30,31].
大巨は、小便難(鍼灸甲乙経、鍼灸聚英、類経図翼、十四経絡和解)、小便不利(鍼灸説約)、泌尿器疾患.中極は、小便頻数(鍼灸聚英、廣益鍼灸抜萃、十四経絡和解、鍼灸抜萃大成)、小便難(廣益鍼灸抜萃)、五淋(類経図翼、十四経絡和解、鍼灸説約)、小便頻数、淋病、膀胱炎.三陰交は、小便不利(鍼灸聚英、鍼灸抜萃大成、十四経絡和解、鍼灸抜萃大成)、小便不通(類経図翼).腎兪は、小便淋(鍼灸聚英、廣益鍼灸抜萃)、淋病(鍼灸抜萃大成)、淋濁.次髎は、大小便不利(鍼灸聚英、類経図翼、十四経絡和解)、淋病(鍼灸抜萃大成)、泌尿器疾患.
今回は、次髎としたが、施灸の場合は加熱領域が大きいため、次髎への施灸は膀胱兪に対する効果も考えられる.文献では、次髎だけでなく膀胱兪に対しても多くの報告がある[5, 8-12, 15-17].本症例で施灸に使用した経穴は、文献や論文において数多くの記載があり、膀胱炎の予防にも効果的であると考えられる.
以上の結果から、標準的な治療穴として用いた大巨、中極、三陰交、腎兪、次髎は、文献においても治療効果が示されており、膀胱炎の予防に効果的であることが示唆された.
6.5 養生指導
治療8回目に、養生指導として、五臓スコアを用いた体質診断を行い、気虚、気滞、血虚、血瘀、陰虚、陽虚、水毒、陽熱、痰飲の割合を求めた.ここで、50%以上を既病とし、30%以上50%未満を未病とした.結果は、既病に該当する項目はなかった.未病の項目は、血虚41%、陽熱40%、気虚39%、気滞38%、血瘀35%、水毒32%であった.各証の特徴、養生法、おすすめの食材や控えたい食材について説明を行った[34].例えば、血虚タイプは、血が不足して心身が潤い不足を起こす.疲労や睡眠不足、偏った食生活などで血の産出が不足したり、月経や怪我などの出血で血の量が足りなくなると、血虚に.顔色が悪くなり、貧血や立ちくらみ、冷えが起こる.精神的にも不安定になり、寝付きが悪く眠りも浅くなる.また、肌が乾燥しやすく、髪がパサついて抜けやすく、爪も割れやすくなる.陽熱タイプは、熱がこもって体の消耗が激しい.ストレスや食べ過ぎ、飲み過ぎなどが原因で体に余分な熱がこもり、体の機能が以上に高ぶって消耗が激しくなった状態.熱や炎症が出やすくなり、のどの乾きや目の充血、歯槽膿漏、口内炎、のぼせ、体のほてりが起こりやすくなる.怒りっぽくてイライラし、寝付きが悪くなり、血圧が高めになる.気虚タイプは、気が不足して、生命力が低下しやすい.気は生命活動の源になるエネルギーのため、消化吸収力の低下により、気が十分に作られなかったり、過労やストレスで過剰に消耗してしまうと、気が不足する.気力と体力ともに低下した状態で、疲労や倦怠感、冷えや手足のだるさ、食欲不振、下痢、風邪をひきやすく、顔色が悪いなどの症状が出やすくなる.
各項目の数値に大きな差がないため、上記の三つのタイプのうち最も自分の体調に近いものを中心に日頃から養生をするように勧めた.また、養生指導の一環として、治療15回目に、酪酸菌による免疫力の向上について患者に説明した.酪酸菌が産生する酪酸が免疫力、特に腸管免疫の調整において重要な役割を果たしており、主なメカニズムとして炎症を抑制する制御性T細胞(Treg)の誘導が挙げられている[35].患者は酪酸菌を含むサプリメントを摂取するようにしたと言っており、酪酸菌摂取による免疫力向上も膀胱炎の予防への効果が期待される.以上のように、養生指導も、膀胱炎の予防に効果的であったと考えられる.
鍼灸治療は、肝虚証や腎虚証を中心とした本治法に、八脉交会穴、温筒灸、養生指導などを組み合わせることで、膀胱炎の予防に効果的であると考えられる.
7.むすび
膀胱炎は女性に多く、女性の半数が生涯に1~2回は罹患するとされる.基礎疾患のない急性単純性膀胱炎は、抗菌薬で比較的容易に治癒するが、膀胱炎を繰り返す場合は、抗菌薬に薬剤耐性を示すことがあり、使用できる抗菌薬が限られるため、再発や再燃の予防が重要となる.再発や再燃を予防し、抗菌薬を服用しなくてもよいように、鍼灸治療によって、膀胱炎を予防するとともに再発しにくい体質への改善を目的とした.また、再発防止に向けて養生指導も実施した.
中医学では、膀胱炎を含む尿路感染症疾患は淋病に分類され、急性の膀胱炎は熱淋に相当する.淋病の主要原因は、腎が虚し、湿熱が下焦にこもり、膀胱の気化が異常になったためと考えられる.治療原則は、膀胱の気化を疏通し、下焦の湿熱を清利する.常用穴は腎兪、膀胱兪、中極、三陰交で、予備穴は次髎と曲泉である.膀胱炎の予防に関しては、首藤傳明症例集に三陰交、気海あるいは中極を用いるとある.学術誌にも、難治性間質性膀胱炎に対して、仙骨部の次髎、中髎、下髎の鍼灸治療により長期間の臨床的緩解例や予防例が報告されている.
症例は40歳女性、主訴は膀胱炎の予防である.膀胱炎の鍼灸治療を継続的に行うことで、膀胱炎の予防が可能であると考えて治療を行った.34年前に膀胱炎を発症し、3年前から3~4ヶ月に1回の頻度で膀胱炎を発症するようになった.基礎疾患はなく、発症頻度が1年間に3回以上となるため、急性単純性膀胱炎の再発を繰り返す再発性膀胱炎と考えられた.薬剤耐性ができて、その都度抗菌薬を変更した結果、使用可能な抗菌薬が無くなってきたため、鍼灸治療により抗菌薬を使わなくても膀胱炎にならないようにしてほしいと来院した.
治療1回目は、肝虚証として、右中封と右太渓に接触鍼による補法を行った後、右光明、右豊隆、右外関、右偏歴に接触鍼により表面を補う瀉法を行った.標治法として、脾兪、腎兪、胞肓に置鍼した.治療3回目に、八脉交会穴である左照海と右列欠への置鍼を追加した.治療8回目に、養生指導を行った.治療9回目に、大巨、中極、三陰交、腎兪、次髎を膀胱炎に対する標準的な治療穴とした.治療15回目に、酪酸菌による免疫力の向上について説明した.治療65回目に、月2回の治療間隔でも、4ヶ月間膀胱炎が再発していないため、膀胱炎の予防の治療を終了した.
治療開始前は、3~4ヶ月に1回膀胱炎を発症し、前駆症状は毎月発生したが、治療開始後は膀胱炎は12ヶ月に1回と1/3以下に減少し、前駆症状は17ヶ月で9回と1/2程度に減少した.その結果、鍼灸治療による膀胱炎の予防の可能性が示唆された.
本治法では、肝虚証が71%、腎虚証が29%となり、肝虚証の比率が高かった.肝虚証から腎虚証に移行した際には、膀胱炎の発症の危険性が高くなったため、養生指導の必要性が示された.
標治法では、八脉交会穴である照海と列欠を用いた.鍼灸聚英には、照海と列欠の主治証として膀胱炎と同様の症状が記載されている.奇経は、急性慢性の区別なく臨床の大部分に適用でき、簡単かつ適確に治効をおさめることのできる非常に優秀な治療概念とされており、八脉交会穴を使用したことにより、膀胱炎の予防効果が高まったと考えられる.
また、大巨、中極、三陰交、腎兪、次髎を標準的な治療穴として温筒灸を実施した.これらの経穴は、古典や書籍に記載された膀胱炎の治療穴と一致しており、予防効果の増強に寄与したと考えられる.これらの経穴は月経痛や妊活にも用いられるため、膀胱炎と月経の関連性も示唆された.
加えて、五臓スコアを用いた体質診断を行い、酪酸菌による免疫力向上について説明して、日頃から養生をするように勧めた.これらの養生指導も、膀胱炎予防に効果があったと考えられる.
鍼灸治療は、肝虚証や腎虚証を中心とした本治法に、八脉交会穴、温筒灸、養生指導を組み合わせることで、膀胱炎の予防に有効である可能性が示唆された.
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(令和7年11月4日受理)
大塚 信之
1985年 東北大学卒業
1987年 東北大学院博士前期課程終了
1997年 博士(東北大学)
1999年 蛍東洋医学研究所設立
2017年 明治東洋医学院専門学校卒業
2019年 大塚鍼灸院設立
漢方、鍼灸、気功など、東洋医学に関する研究に従事
所属 Affiliation
蛍東洋医学研究所, 大塚鍼灸院
Hotal Ancient Medicine Research Institute (HARI), Otsuka Clinic
住所 Address
〒560-0033 大阪府豊中市螢池中町3丁目8-14
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